フォルクスワーゲン本社は2022年6月23日、同社が開発したモジュラー・トランスバース マトリックス(MQB)が10周年を迎えたことを発表した。2012年に初採用して以来、MQBは様々なモデルに共通するプラットフォームのベースとなっている。グループ全体で、このプラットフォームをベースにした車両は3200万台以上という驚くべき台数に達している。
MQBはドイツ語で「Modulare Quer Baukasten(モジュラー設計の横置きエンジン形式プラットフォーム・キットの意味)」、英語では「Modular Transverse Matrix」と呼称されている。つまり、横置きエンジン/トランスミッションのFF用のモジュラー・プラットフォームを意味している。
MQBの開発の目的は、多くのブランドを、生産工場を展開している巨大なフォルクスワーゲン・グループで、パワートレインの搭載方法を共通化し、しかも多様な車種が展開できるフレキシブルなプラットフォーム原理を確立することであった。
そして、このMQBと同時に、インフォテイメント、電装品などを制御する電子プラットフォームも開発されている。
これらにより、電装品、インフォテイメントから搭載エンジン、車両を構成する主要な部品の共用化の拡大を図るなど、開発、製造のスピードアップ、コストの低減を実現するなど、巨大グループの大量生産のためのクルマ作り革新であった。
多くの自動車メーカーに影響を与えたMQB思想
このMQBの思想は、世界の自動車業界に大きなインパクトを与え、どの自動車メーカーもそれ以後プラットフォーム戦略を刷新する契機になっている。しかし、最も大きな影響を受けたのは、フォルクスワーゲン・グループと同様にグローバル展開する生産工場で大量生産を行なっているトヨタであった。
トヨタは、MQBを徹底的に研究し、その手法や技術、さらにはフォルクスワーゲン・グループが採用しているインナーフレーム構造のボディ作りまで検討している。しかし、このインナーフレーム構造のボディ生産だけ採用されていない。
しかし、その思想、手法を徹底的に研究して生まれたのが「TNGA」プラットフォームであった。TNGA構想はMQBの2年後の2014年に発表され、2015年のプリウスから採用されている。ただ、TNGAはMQBほど徹底したフレキシブル思想とはせず、TNGA-B、TNGA-C、TNGA-Kというサイズごとのプラットフォームを設定し、導入している。
「ゴルフ7」から採用されたMQBプラットフォーム
フォルクスワーゲンが開発したMQBプラットフォームは、「ゴルフ7」としてデビューした。最初の生産車両は、2012年10月にウォルフスブルグ工場からラインオフしている。このモデルは、新しいモジュラーマトリックスが提供する価値、つまり最新のテクノロジー、軽量さ、短いオーバーハングによるダイナミックなデザインを具現化することができた。
ただし、フォルクスワーゲン・グループとして最初のMQBモデルは、ゴルフの数か月前に市場に導入された第3世代目の「アウディA3」であった。モジュラーマトリックスにより、多くの分野で生産プロセスの標準化が可能になった結果、フォルクスワーゲン・ブランドだけでなく、フォルクスワーゲン・グループ全体の柔軟性が向上し、開発コストが削減されている。
MQBの狙いは、創意工夫による相乗効果を創出し、新たな多様性を実現することとされた。パーツ共有をコンセプトに、大きなスケールメリットが生み出されることも意味しており、大量生産する車両クラスの市場にも革新的なテクノロジーの導入が可能になり、例えば運転支援システムなど高度な機能をすべての車両セグメントに搭載できるようになっている。
フォルクスワーゲン ブランドでは、現在までに、Bセグメントのコンパクト・ハッチバックの「ポロ」から「アトラス」(北米モデル)や「テラモント」(中国モデル)など、ホイールベース2980mm、全長5035mmという大型サイズのSUVまで、2000万台以上の車両を生産してきた。
フォルクスワーゲン・ブランドのラルフ・ブラントシュテッターCEOは、「私たちは、今後数年間、MQBモデルを継続的に強化していきます。次世代のクルマは、革新性の面でさらに一歩前進します。新型パサート、ティグアン、タイロンは、品質、価値、機能、デジタル化の面で新たな基準を生み出す、完成度をより高めたMQBを採用しています」と語っている。
高度なフレキシビリティで他メーカーの数歩先を行く
MQBは高度なフレキシビリティを備え、トレッド、ホイールベース、ホイールサイズ、シートとステアリングホイールの位置などのパラメーターは、それぞれのモデルのポジショニングと車両クラスに応じて自由に調整することができる。ボディの数多くのコンポーネントは、高張力鋼、超高張力鋼、および様々な厚さのシートメタルから構成されていおり、さらに可変厚(テーラードロールブランク)のホットスタンプ式超高張力鋼板も採用されるなど、先進技術を持つサプライヤーと共同開発したボディ材料面でも他の自動車メーカーの数歩先を行っている。
新しく導入されたMQBモデルの重量は、先代モデルと比較して平均約50kg軽量化され、ゴルフ7では仕様によって異なるものの、ゴルフ6に比べ約100kgの軽量化を実現している。
MQBでは、エンジンの搭載位置も統一され、エンジンはインテーク側を前に、エキゾースト側を後ろにして、後方に12度傾けられて搭載される。これにより、MQBとともにデビューしたEA211型シリーズのTSIエンジンは、以前のEA111型エンジンにのシリンダーヘッドを180度回転させて実現している。
搭載エンジンは、ガソリン(TSI)、ディーゼル(TDI)、天然ガス(CNG)の各エンジンバージョンがあり、開発の初期段階からこうしたラインアップは組み込まれていた。またマイルドハイブリッド、PHEVモデル、BEVモデルも当初から想定されていた。ゴルフ7は、2013年から2020年まで、電気自動車バージョンの「e-ゴルフ」もラインアップされていた。
現在、ドイツ市場におけるMQBをベースにしたグループ・モデルの出力範囲は、48kW(66ps)から、最もパワフルなエンジンは294kW(400ps)に達している。
そして最新のガソリンエンジンとディーゼルエンジン(EA288型)では、動力伝達用システムが統一され、フロントアクスルに、共通のギヤボックスと同じドライブシャフトを組み合わせることが可能にななっている。その結果、エンジンとギヤボックスのバリエーションの数は、ほぼ半分に削減されている。また、車両のフロントエンドに搭載される大型コンポーネントであるヒーター、エアコンディショナー・ユニットに関しては、バリエーションの数が102から28にまで減少されている。
フォルクスワーゲン・グループ&ブランドは、MQBの柔軟なプラットフォームにより新しいモデルとバリエーションを迅速に開発することが可能だ。そしてMQBは継続的に改良されている。MQBはいくつかのモデルラインナップと進化の段階に分けられている。現在の「ゴルフ」は、最新のMQB、「MQB evo」をベースにしている。
すべてのMQBベースの車両は、標準化されているため、グローバル展開している生産工場で効率的に生産することができ、ニューモデルへの切り替えも以前よりはるかに迅速にできるようになっている。
ウォルフスブルグのフォルクスワーゲン工場が2019年にゴルフ8の生産を開始したとき、ボディ組み立て工程で既存の設備の約80%を引き続き使用することが可能であった。
MQBはまた、同じ生産ラインで、異なるホイールベースやトレッドの車両、または異なるブランドのモデルを組み立てることが可能だ。
電気自動車の「ID.」シリーズ用の「MEB」
MQBでの経験に基づいて、フォルクスワーゲンは、電気自動車の「ID.」シリーズ用のモジュラー エレクトリック ドライブ マトリックス(MEB)を開発した。MQBと同様に、MEBは大量生産を前提に、多様なバリエーションを展開できるようになっている。
MEBの基本的な技術レイアウトは、電気駆動コンポーネントを最小限のスペースに搭載するという原則に基づいている。高電圧バッテリーは前後のアクスル間に配置され、パッセンジャーコンパートメントは、内燃エンジン車では考えられないほど広大なスペースが実現している。MEBは、シティカーから広々とした「ID. Buzz」まで、グローバル市場向けの幅広いモデルラインナップをカバーすることができる。
MEBにより、世界中のあらゆるニーズに適合するBEVをラインアップし、2025年までにすべてのセグメントのモデルのラインアップが完成する計画だ。
そして次世代の電気自動車用に開発された「SSP(スケーラブル・システムズ・プラットフォーム)」の導入により、BEVは完全にデジタル化される、高次元のスケーラブルなメカトロニクス・プラットフォームが実現する。
未来のメカトロニクス・プラットフォームである「SSP」は、最先端のエレクトロニクスとソフトウェアを搭載する。フォルクスワーゲンは、「Trinity(トリニティ)」プロジェクトを進めており、2026年に究極的なスケールメリットを実現するこのプラットフォーム初のモデルを発表する予定だ。
「Trinity」は、航続距離、充電時間、デジタル化から自動運転に至るまで、将来のすべてのテクノロジー分野で、ライバルを圧倒し、ブランドの新たな道標となる革新的なBEVモデルとされている。