ボルボの歴史を変えた850が生誕25周年を迎える

 新世代ボルボのスター、850シリーズの誕生

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ボルボのすべてを一新した名車「850」が生誕25周年を迎えた。ボルボにとってスターになるモデルの開発を目指して名付けられた「ギャラクシープロジェクト」のもとに生み出された850は、その願いどおりの成功を収め、ここ日本でもボルボを一躍メジャーブランドへと押し上げた功労者となった。

ボルボ850のデビューは1991年6月11日。ストックホルムのグローブ・アリーナでのワールドプレミアは大きなインパクトを与えた。キャッチコピーは「4つの世界初を備えたダイナミックなクルマ」で、「横置き直列5気筒エンジン」、「ボルボ独自のデルタリンクリヤアクスル」、「サイドインパクト・プロテクション・システム(SIPS)構造」、「自動調節式フロント・シートベルト」の4つがその特徴だ。

2.5L直列5気筒20バルブを横置きして前輪を駆動するFFレイアウトを採用
2.5L直列5気筒20バルブを横置きして前輪を駆動するFFレイアウトを採用

デザインこそ700シリーズを彷彿とさせるものの、この850シリーズは完全新設計のモデルとなった。開発のスタートは1978年にまで遡る。この計画は冒頭のギャラクシープロジェクトと呼ばれ、ボルボから850シリーズ、オランダのボルボ・カーズB.V(後のネッドカー)から400シリーズという2つのモデルを生み出している。

日本でも爆発的なヒットを記録したエステート
日本でも爆発的なヒットを記録したエステート

850のデビュー当初は、ボルボ伝統の6ライトウインドウと直線基調が特徴のセダンのみのラインアップ。最高出力170psの2.5L直列5気筒20バルブ自然吸気を搭載した850GTLが先陣を切った。それから遅れること1年8カ月、1993年2月に850シリーズの重要なバリエーションとなるエステートが追加された。

850エステートは、積載量を最大化するためにリヤを切り立ったデザインにするなど、典型的なボルボの特徴を揃えていた。その一方で、新世代ボルボを象徴するDピラーを覆い尽くす縦長のテールライトがデザインの大きな特徴となった。余談だが、チーフデザイナーのヤン・ウィルスガールド氏は開発時、大きなテール・ライトの取り外しや交換ができるモデルをデザイン時の比較用として用意してたという。この850エステートは、イタリアの「最も美しいエステート」賞や日本の「1994年グッドデザイン大賞」を受賞し、世界で認められたモデルとなった。

フロント左右のエアバッグシステム
フロント左右のエアバッグシステム
シートベルトの高さ自動調節機能
シートベルトの高さ自動調節機能
後席中央のアームレストを改良したインテグレーテッド・チャイルド・クッション
後席中央のアームレストを改良したインテグレーテッド・チャイルド・クッション
850シリーズはサイドエアバックを搭載した世界初の量産車となった
850シリーズはサイドエアバックを搭載した世界初の量産車となった

また、850シリーズは高い安全性も特徴のひとつだ。前席エアバッグや世界初の自動調節式フロント・シートベルト、後席中央部に内蔵されたインテグレーテッド・チャイルド・クッション、側面衝撃吸収システムのSIPSなど、多くの安全装備や構造を採用。さらに、1995年には、新たに世界初のサイドエアバックを導入した。

さらなるバリエーションの拡大

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セダンのデビューに続きエステートを投入した850シリーズは、ボディバリエーションだけでなくエンジンラインアップも拡充していく。なかでも、後に最も人々の注目を集める鮮烈なモデルとなったのが、1994年のジュネーブ・モーターショーで公開された「T-5R」だ。搭載するエンジンはインタークーラー付きターボの2.5L・5気筒で、最高出力は240ps、最大トルクは330Nmにまで高められた。

ハイパワーエンジンを搭載したスポーティなT-5R
ハイパワーエンジンを搭載したスポーティなT-5R

さらに、スペシャルデザインのスポイラーや、角型のエキゾーストパイプ、タイタンと名づけられた17インチアルミホイールなどT-5R専用装備が与えられ、「特別」なモデルであることをアピールした。クリームイエローに彩られたT-5Rは羨望の的となり、予定されていた限定台数2500台はわずか数週間で完売。そのため、後にブラックとダークグリーンをそれぞれ同数追加。こうして、大きなインパクトを与えたT-5Rは、合計7500台が生産されることとなった。

また、1996年には、ボルボ初の4輪駆動モデルのAWDを追加。AWDシステムは、ビスカスカップリングにより自動的に前輪から後輪にトルクを配分するフルタイム4WD機構を採用した。この850 AWDは193psを発生する新開発のロープレッシャーターボエンジンを搭載し、ボルボの全輪駆動XCモデルの先駆けとなった象徴的な1台でもある。

レーストラックにボルボが帰ってきた

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「空飛ぶレンガ」の異名でETC(欧州ツーリングカー選手権)を席巻した240の後、サーキットから姿を消していたボルボだが、1994年にレーストラックにカムバックを果たす。しかも、そのデビューはセンセーショナルだった。BTCC(英国ツーリングカー選手権)の開幕戦、スラクストン・サーキットのスタートラインについたのは、2台の850エステートだったのだ。トム・ウォーキンショー・レーシングをパートナーに迎え、ドライバーにはスウェーデン人のリカルド・リデルとオランダ人のヤン・ラマースを起用。優勝にはいたらなかったが、圧倒的に不利な下馬評を覆して入賞を果たした。そして、1995年はレギュレーション変更によりセダンにスイッチし、リカルド・リデルが選手権の総合3位に輝いた。

2台体制で英国ツーリングカー選手権に参戦
2台体制で英国ツーリングカー選手権に参戦

 

こうして1991年のデビューから大きな注目を集め、新世代ボルボの旗印となった850シリーズは、1996年にシリーズ最終年を迎えた。1997年には850シリーズに大幅な改良が施され、セダンは「S70」に、エステートは「V70」へと名称を変更することとなる。850シリーズは派生モデルを含め、累計136万522台が生産された。

ボルボ公式サイト

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