雑誌に載らない話vol61
メルセデス・ベンツはSクラスのフルモデルチェンジを目前に控え、そこで採用される予定の安全運転支援システムに関するインテリジェント・ドライブ・テックデイを開催した。
テックデイはまだ市販車に搭載されていないが、実用段階に入ってきたあたりの最新技術をメディア向けに紹介するイベントで、度々行われてきている。モーターショーのブースなどで見られる技術展示を、より詳しく、ときには実際に体験させたりしながらメルセデス・ベンツのヴィジョンを伝え、近未来モデルを示唆していくのだ。
今回は開発車両を試乗することはなかったが、本物のクルマが丸々一台収まるのが自慢のシミュレーターでの体験が用意されていた。シミュレーターの内部は収められたクルマの周りに360度のスクリーンが配され、全体が前後左右に傾くことで加速/減速や旋回時のGを体感させるもの。安全運転支援システムがどういった場面で有効かを知るにはもってこいだ。
メルセデス・ベンツはいわゆる「ぶつからないクルマ」的なプリクラッシュセーフティシステムを、PRE-SAFEという名で10年前から市販車に展開してきている。現在のSクラスやEクラスなどに搭載されているレーダーセーフティパッケージには、斜め後ろの死角をモニタリングして車線変更時の危険を知らせる「アクティブブラインドスポットアシスト」、先行車との適切な車間距離をキープする「ディストロニック・プラス」、不注意による車線逸脱を防止する「アクティブレーンキーピングアシスト」、衝突回避のためのブレーキ力をアシストする「BASプラス(ブレーキ・アシスト・ブラス」、自動緊急ブレーキによって衝突回避支援および被害軽減する「PRE-SAFEブレーキ」などが含まれている。
障害物や周囲のクルマ、車線を監視するのは5つのレーダーと1つのカメラ。フロントは、グリル内に77GHzの長距離レーダー(中距離も兼ねる)とバンパー左右に24GHzの短距離レーダー、リヤはバンパー左右にやはり24GHzの短距離レーダーが埋め込まれている。
ところが次期Sクラスに採用される最新システムでは、前方監視用のステレオカメラ(3D)と、360度見渡す4つのカメラ、リヤ用マルチモードレーダー、12個のウルトラソニック・センサーなどが追加され、より広範囲に渡っての監視と、歩行者の検知などが可能になっている。従来はレーダーによる監視がメインだったが、高性能なカメラおよび画像解析技術によって大幅な進化を果たしたのだ。現在日本車で普及している同様のシステムは、簡素化することでリーズナブルな価格を実現しており、それはそれで意味のあることだが、次期Sクラスは現在考えられる最高のシステムを目指したものとなっている。
BASプラスとPRE-SAFEブレーキは歩行者へ対応するとともに、クロストラフィックアシスト機能が加わった。クロストラフィックとは、四つ角などで直交するクルマとの衝突を回避または衝撃軽減するもの。シミュレーターで体験したのだが、こちらが幹線道路を走っている際、脇道からクルマが出てくるようなシチュエーションなど、当然こっちが優先で相手が止まるだろうと高をくくっていたときなどには特に有効だった。
またシミュレーターで興味深かったのは、ディストロニック・プラス(追従型クルーズコントロール)に追加されたステアリング・アシスト機能。ディストロニック・プラス作動時には、緩いカーブならば車線の中央付近に車両がキープするよう支援するシステムだ。これまでも、不注意による車線逸脱時に内側だけブレーキをかけて進路を修正することは行ってきたが、今度はステアリングも直接動かしてくるのだ。
ディストロニック・プラスはアクセルもブレーキも操作が不要になるが、ステアリングまで操作されるとなると、もう自動運転の世界に近い。ただし、メルセデス・ベンツの考えとしてはあくまでドライバーが主体で頼り切った運転は受け付けないよう配慮。ステアリングから手を離してしまったり、一定時間入力がまったくないと警告が発せられることになる。
シミュレーターで体験してみると、たしかにステアリングが動いて車線を逸脱しないようアシストされているのだが、普通の感覚で運転している限り、つまり車線内をスムーズに走らせていれば、アシストが入っているかどうかわからないぐらいの自然なものだ。それでいてわずかに気が緩んで車線の端に寄っていきそうになったりすると、スーッとステアリング操作を促すかのようにアシストが入るといった感覚。確かにこれなら、自動運転というよりは、ドライバーの負担や長距離運転の疲労を軽減して安全運転につなげていくという、メルセデス・ベンツの思想にあっている。
次期SクラスのヘッドライトはCLSに続いてフルLED化されるが、これを利用してアダプティブハイビームアシストが、アダプティブハイビームアシストプラスへと進化。従来は先行車や対向車を検知するとハイビームとロービームを切り替えるだけだったが、LEDは部分的にロービームにすることができるため、先行車や対向車の部分だけはまぶしくないようにロービームへ、その他の部分はハイビームのままにすることが可能になった。また、テールライトのLEDは、状況によっては後続車にとってまぶしすぎる場合があったため、周囲の明るさなどに合わせて照度を自動調整する機能も加わっている。
シートベルトもさらに安全性が向上。フロントシート用は、衝突の危険を察知した際にベルトを巻き上げるテンショナーが、バックルを境に腰部分と肩部分を別々に制御されるようになった。これは実車で体験したが、レスポンスが向上するとともに、姿勢が崩れ気味でもお尻や背中がグイッとシートバックに押しつけられるのが実感できた。また、リアシート用ではベルトにエアバッグが仕込まれたベルトバッグが採用された。これによって衝突時にベルトによって局部的に圧迫されること緩和する。
その他、駐車時のステアリング操作を支援するアクティブパーキングアシストなども用意。次期Sクラスは、全方位的に安全運転支援システムを充実させることで、このクラスの王者の座を死守することになりそうだ。