雑誌に載らない話vol46
レンジローバーは日本でもイギリス車マニアには知られたブランドだ。現行モデルのレンジローバー・ヴォーグは1970年に生まれた初代モデル、通称“クラシックレンジ”から数えて3世代目となる。昨今は様々なブランドがSUVを乱立させているが、元祖高級SUV&オフローダーといったらこいつの名が挙がるのが常だろう。ただ、2011年ごろからレンジローバーというのはモデル名ではなく、ブランド名に格上げされているのをご存知だろうか。ヴォーグ、スポーツ、イヴォークをレンジローバーファミリーとし、ディスカバリー4、フリーランダー2、ディフェンダーをランドローバーファミリーとする。もはや「レンジ=ヴォーグ」ではないのでお間違いなく。
もちろんこうして2つに分けられたのは、プレミアムSUVとヘビーデューティSUVといった性格の違いがあるからだ。そしてそれがそのままマーケットを分けているのだから自然の流れともいえる。
ということで、2011年秋のフランクフルトモーターショーあたりからブースにはジャガー、ランドローバー、レンジローバーの3つのロゴが飾られるようになった。もっというと、東京モーターショーの会場もそうなっていたので、お気づきの方もいるかもしれない。
では、そんなレンジローバーの歴史を紐解くのだが、まずはグッとさかのぼってローバーの起源から話を進めてみたいと思う。
ローバーはそもそもミシン製造会社で、ジェームス・スターレイとジョシアン・ターナーが1870年に英国コベントリーに設立したコベントリー・ソーイングマシン社がはじまりだった。ローバーという名はそこで生まれた3輪自転車であり、“ROVE(走り回る)するもの”という意味で付けられたとされる。
会社名となったのは1906年。戦前のローバーカンパニーは自動車会社として発展するが、戦後はランドローバーを輩出するも合併の繰り返し。67年レイランド社と、68年ブリティッシュ・モーター・ホールディング社と合併し、ブリティッシュ・レイランド社となる。そして、86年にオースチン・ローバー社となり、その後ローバーグループに。その間、親会社は英国政府、ブリティッシュ・エアロスペース社、BMWと移り変わる。2000年BMWはローバーグループ株を売却、その後ランドローバーはフォードグループに属したが、2008年からはジャガーも含めてインドのタタ自動車に買収されている。こうした変遷はローバーの経営体質と併せイギリスの自動車工業の興亡によるところも大きな理由になっている。
それでは、ランドローバーの歴史はどこからか。
ランドローバーの発祥はあるひとりの男の行動に基づく。モーリス・ウィルクスである。ローバー社の技術者である彼は、ウェールズの北西に浮かぶ島アングレシー島に広大な土地を所有していた。そこでの移動はアメリカ軍が残していったウィリス製ジープ。荒れた野原を走るにはジープは最適な乗り物だったのだ。
そんなある日、兄であるローバー社の常務スペンサー・ウィルクスがモーリスに尋ねた。「そのクルマ壊れたらどうする」、するとモーリスは「何度でも直すよ、これしかないからね」と答えた。
そんな会話からはじまり、1947年ランドローバープロジェクトは社内で承認されスタートする。まずはジープをベースにしたプロトタイプ製作にとりかかるが、目的は軍事用車両ではなく農耕または災害時の救援用の車両だった。そして翌年、4月のアムステルダムショーでランドローバー第1号となる市販車を発表し本格始動となる。
発表後のランドローバーは戦後の荒れた土地を復興させる道具となり、農家を中心に販売を伸ばした。翌年には英国軍がその性能に目をつけて発注。軍はそれまで、高価で複雑なメカ、トランスアクスル/リヤトランスファーのオースチン「チャンプ」を使用してきたが、この機会に安価でシンプルな構造のランドローバーに入れ替えたのだ。
“安価でシンプルな構造”はコスト削減と鉄鋼不足という会社の都合だったが、エンジニアたちはそれを逆に利用し、軽量かつ高い剛性を手に入れた。それは鉄鋼に代わりアルミニウムを使用した結果だが、要因は当時アルミの方が豊富で安価だったことと、そのタイミングで稼働しはじめたソリハルの工場が元来航空機用でアルミ加工機器が揃っていたことに基づく。
よく「レンジローバー」は高級車だからアルミボディを持つといわれるが、じつはそんなお家事情があった。また、シンプルな構造は4WDシステムを見ると一目瞭然。センターデフを使用しないパートタイム機構はウィリス製ジープにも見られる単純明快なものとなる。だが、その古典的な機構にいち早くフリーホイールハブを採用するなど工夫は施された。
そんなランドローバーの次なる進化は60年代。世界的に経済が安定してくると、4WD車をレクリエーション用に使う動きが大きくなった。そこで彼らはアメリカからフォード「ブロンコ」やインターナショナル「スカウト」を取り寄せ分析。そこからロングホイールベースのステーションワゴンを生み出した。これがレンジローバー誕生の起源である。
ご存知だろうか、初代レンジローバーはパリのルーブル美術館に初めて展示されたクルマであることを。機能を重視したそのデザインが芸術界で高く評価されたのだ。
現在、レンジローバーファミリーの頂点に立つヴォーグは5リッターV8の自然吸気とスーパーチャージャー付きの2つのエンジンが用意される。最高出力は375psと510ps。消費燃料は14.0L/100kmと14.9L/100kmだ。ともにベースとなったのは同じ排気量のジャガーエンジンだが、いうまでもなくレンジローバー用に専用チューニングされている。
↑左がミドルレンジになるレンジローバー スポーツ。右が人気爆発しているコンパクトSUVのレンジローバー イヴォーク
エンジンもそうだが、ここでクローズアップしたいのは、オフローダーとしての心臓部4WDシステム。テレイン・レスポンスと呼ばれるそれは、オフロードを知り尽くした彼らならではの技術といえる。ロックセクションやサンドセクション、ウェット路面など様々な路面状況に合わせて、クルマが勝手に駆動配分やブレーキ制御をする。
しかも、操作はダイヤルひとつという便利さ。駆動力のかかりにくい砂地においては、より威力を発揮するサンド・ローンチ・コントロールを備えるなど見るべきものは多い。
一方オンロード用としては、レーダーを使って前車との車間を一定に保つACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)を装備するなど高級サルーン同等の技術を積む。十分なパワーとロールを抑えた安定した走りとともに、マーケットの期待に対して抜かりはないのだ。
文:モータージャーナリスト九島辰也