
いわずもがなキャデラックはGMの最高級ブランドであり、アメリカンラグジュラリーを定義したモデルでもある。だから「富の象徴」とか「成功者の証」として例えられ、多くのアメリカ人に愛されてきたブランドだ。
そのキャデラックが2020年8月にGMのエグゼクティブ・バイス・プレジデント兼北米社長のスティーブ・カーライルは、「リリックを先導役に、キャデラックは今後10年間でアメリカン ラグジュアリーを再定義し、変革をもたらす新たなEVポートフォリオを導入します」と発信をした。
その第一弾が「LYRIQ(リリック)」だ。リリックが持つ使命は、2025年、GMの企業メッセージに「3つのゼロを目指す」とある。事故ゼロ、排出ゼロ、渋滞ゼロの3つ。そして2030年にはカーボンニュートラル(CN)にすることを目指し、2025年の今年は北米工場のすべてで使う電気を再生可能エネルギーにし、2035年には全世界の工場で再生可能エネルギーへシフト。温室効果ガスの排出量を2018年比72%削減し、2040年には完全にCNを目指すと説明している。
ところがトランプ政権になったことで、北米はシフトチェンジされ、果たしてこの目標が達成できるのか不透明になってしまった。すでにパリ協定からの脱退、IRAの撤廃、ZEVの撤廃など具体的な動きもあり、さらに地下資源の掘削を推奨する発言もあって気になるところだ。



そこはさておき、リリックが3つのゼロを背負い、かつアメリカンラグジュアリーの再定義となると、一体どんなモデルになったのか。詳細情報はすでに既報しているが、そのリリックを公道で走らせてみたので、そこから見えるアメリカンラグジュアリーを考えてみたい。
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まずはエクステリアデザイン。縦型にレイアウトされた両サイドのLEDデイタイムランニングライトと、黒くガラスで覆われたようなクリスタルシールドで表情は未来的で洗練された印象。はるか遠くからでも、特徴的なバーチカルライトでリリックであるとわかり、徐々に近づいてくる様は迫力満点だ。
ワイドスタンスで迫力あふれる黒い顔は、威圧感と高級感、存在感といったインパクトをさまざまなデザインで成立させている。

サイドビューは、ホイールベース3085mmと長く、21インチのタイヤ&ホイールと厚みのあるドアパネルがキャビンを小さく見せ、SUVとは思えない鋭さを感じさせる。全長4995mm、全幅1985mm、全高1640mmで、Eセグメントサイズ。アメリカではミッドサイズに分類される。
ルーフラインは緩やかに後方へ傾斜し、そのままリヤテールウインドウへつながる。リヤワイパーを不要とする空力特性を持ち、Dピラーはパネルでデザインされており、他に類を見ない手法が使われている。
そしてリヤデザインは1967年のエルドラドをオマージュしたデザインでまとめている。縦型のウイング形状は当時の流行デザインだが、その要素をテールライトに取り入れているのだ。



この外観デザインだけで、すでにかっこいいと感じ、カッコ良いは購入動機につながるものだ。
インテリアでは33インチのカーブドディスプレイが目に飛び込み、フローティングするセンターコンソルにはローレット加工されたロータリー式コントローラーを配置。そのコントローラーはピアノブラックパネルで囲われ明確な存在感を演出。すぐ脇にウッドパネルを持ってくることで高級感と伝統美、そして先進感を鼎立させている。

ダッシュボードセンターにはビレット風のスイッチがキャデラックの湾曲デザインとシンクロし、綺麗に整列している。カーブドディスプレイと呼応するかのようなデザインは素敵に映る。






キャビン後席は予測したようにクラス最高レベルの広さとレッグスペースがあり、快適そのもの。ルーフの大部分を占める広大なガラスルーフはキャビンを明るく開放的にし、後席からの景色はまるでオープンカーのようだった。



さて、リリックの構造を見ると専用のBEVアーキテクチャーにCATL製NMCリチウムイオンバッテリーを搭載。95.7kWhの容量で510kmの航続距離を持っている。モーターを前後に持つAWDで、フロントが170kW/309Nm、リヤが241kW/315Nm。合計384kW/610Nmの大トルクだ。


だから、どのタイミングでも瞬時に大トルクを発揮し、EVの特徴を活かした俊敏なレスポンスで走ることができる。またその2モーターの特性を活かし回生ブレーキも強力で最大0.4Gの減速エネルギーを得ることができる。パドル操作で回生をコントロールできるが、ワンペダル走行のモードもあり、完全停止まで可能になっている。
制御領域では常にAWDではなく、状況に応じて前後モーターの出力が制御されており、無駄に航続距離を失うことのない制御プログラムを採用。それはドライバー側に違和感や物足りなさとして伝わることはなく、常に安定したトルクを得て走行できる。
ステアリングもトルクオーバーレイ制御をしているため、ドライバーの操舵速度、微小舵、そしてアクセルの要求トルク、路面からのフィードバックを数値化してステアリングトルクの増減、補正を行っていて、ドライバーはいつでも快適に違和感なく操舵できる。
サスペンションはキャデラックで初めて5リンク式フロントサスペンションを採用し、乗り心地やスポーティな走りの要求に対応。乗り心地の良さはシートクッションも影響していると思うが、ゆったりと大きなシートで、アメリカンラグジュアリーらしさを体感できるポイントだ。

もうひとつ、大きなポイントとして静粛性がある。吸音材や制振材をあらゆる部分に施し、フロントウインドウとサイドウインドウは二重ガラス、リヤテールウインドウには5mm厚の強化ガラスを採用し、ノイズをシャットアウト。さらに、タイヤ四角に配置した3軸の加速度センサーでタイヤからの振動を検知し、マイクセンサーを通じて侵入音を打ち消す、次世代のアクティブノイズキャンセリングも取り入れている。
高い静粛性は気付きにくいものだが、ドアを開けた瞬間、周囲の騒音でその恩恵を体感できた。こうした技術もアメリカンラグジュアリーを作り上げている技のひとつだ。

まとめ
リリックを俯瞰すると、ボディサイズが日本国内では大きめではあるが、それゆえに存在感は抜群。スポーティでSUVを匂わせないデザインは他にはなく魅力的だ。独特なバーチカルLEDとエルドラドを思い出させるテールデザインは、先進性と“旧き良き”が交わり、アメリカンドリームすら感じさせる。
インテリアでは広々空間とガラスの天井、大きなシート、そして細部に至る豪華さの演出で悦に浸り、動き出せば、驚くほどの高い静粛性と力強いトルクフィール。510kmもの航続距離も安心材料だ。
どこを切り取ってもラグジュアリーでありアメリカン。まさにキャデラックだった。カッコいいだけで購入動機になるキャデラック・リリックは、プレミアムSUV・EVとは異なる価値を提供していると感じた。