BMW 燃料電池実装車による実証実験と日本の課題

BMWジャパンは2023年7月25日、燃料電池を搭載したFCEV「iX5 ハイドロジェン」を日本で初披露し、今後3台の車両を使用し日本の公道での実証実験を開始すると発表した。

iX5 ハイドロジェンをプレゼンテーションした水素燃料電池テクノロジー・プロジェクトのユルゲン・グルドナー本部長(右)とiX5 ハイドロジェン・プロジェクトマネージャーのロバート・ハラス氏

「iX5 ハイドロジェン」は2022年8月末にミュンヘン工場で少量生産が開始され、2023年2月から世界各地の公道で、実証実験を開始。その一貫として日本にも3台の車両がやってきた。

日本には3台導入し、全国を走行する計画だ

■ FCEVの開発の歴史
BMWは2006年に、7シリーズのV12気筒エンジンをベースに液体水素を燃料とするハイドロジェン7を少数台数生産するなど水素燃焼エンジンの研究開発を行なってきた。つまり水素を既存エンジンで燃焼させる技術に挑戦したのだ。

液体水素を燃料にしたハイドロジェン7(2007年)

一方、水素と空気中の酸素を反応させて発電する燃料電池の技術は、アメリカで1950年代後半から研究が開始され、その後1970年代に宇宙船の電源として使用された。この後、GMやフォードは燃料電池車を研究、試作するなどの試みが行なわれている。

燃料電池車の実用化が一気にクローズアップされたのは、カナダのベンチャー企業「バラード社」が従来より高性能な燃料電池システムを開発し、これが引き金になってホンダ、トヨタ、メルセデス・ベンツなどが一斉に燃料電池車(FCEV)の研究開発が開始されたのだ。

こうした経緯でEVと同様の排気ガスゼロのFCEVがクローズアップされ、トヨタのミライ、ホンダのクラリティ、ヒョンデ ネクソなどとして市場に送り出されている。

2002年に発表されたメルセデス・ベンツ Bクラス Fセル(燃料電池車)

■ 燃料電池のBMWにおける位置づけ
BMWはトヨタとの技術提携を契機に、2013年からFCEVの研究開発に着手しており、その成果がEVのiX5をベースにしたこの「iX5 ハイドロジェン」なのだ。

BMWは、このFCEVをEVと同等レベルのコストを想定し、大型乗用車向けとし、急速充電のインフラが少ない地域での使用、長距離ドライブの機会が多いユーザー、キャンピングカーの牽引を多用するユーザー、バッテリーの能力が発揮しづらい寒冷地域のユーザーなどへの選択肢として位置付けている。

またもうひとつFCEVの存在意義は、電力を直接充電するEVの効率の高さに比べ、FCEVは水素+酸素の反応による発電を使用するため、効率は劣るが今後の再生エネルギーによる発電量が増大することを考えると、余剰電力を保存する機能を持つ水素が生成されるため、その水素を活用するためにFCEVがあるというのである。

さらにライフサイクル・アセスメントの観点でも、FCEVはEVと同等レベルで、将来的なリサイクルでは大きな問題はないとされている。

BMWグループとしてはEVでは試験的に製造されたMINI Eなどの実証実験車両の経験を経て、i3を生み出し、その後より大規模な生産により現在のiシリーズを展開しているが、FCEVについてもこの「iX5 ハイドロジェン」を実証実験用車両と位置づけ、近い将来のFCEVのラインアップ拡大を想定するロードマップを描いている。

また、この「iX5 ハイドロジェン」は、かつてのハイドロジェン7と同様にバイエルン州政府のバックアップを受けてのプロジェクトとして推進されている。なおバイエルン州は、この水素エネルギーの活用とカーボンフリーのe-フュエルの開発を強力に推進しており、水素関連技術だけでも780億円の予算を投入している。

■ iX5 ハイドロジェンの特長
「iX5 ハイドロジェン」は、iX5で獲得したEVならではの走りのメリットを活かすFCEVと位置付けている。したがって、他社のFCEVは燃料電池スタックで発電した電力とハイブリッド技術を合体させているが、「iX5 ハイドロジェン」は燃料電池スタックで発電した電力と、より大容量の高圧・高出力バッテリーによる大出力モーターを組み合わせたPHEV的な構成となっている。

燃料電池スタックでの発電は125kW、高圧バッテリーの出力は最大170kW、そして後輪を駆動するモーターの出力は295kW(401ps)と、トヨタ MIRAI(182ps)などに比べ圧倒的に大出力を実現しており、最高速度185km/h、0-100km/h加速は6秒以下という動力性能を備えている。つまり、燃料電池スタックによる発電力に加え、バッテリーに蓄電された電力をブーストすることでモーターは大出力が可能になっているわけだ。

なお燃料電池スタック用の水素は700バールの高圧水素をセンタートンネルとリヤシート下に配置した2本のタンクに約6kg(トヨタ MIRAIは約5.6kg)積載し、ヨーロッパWLTPモードで約500kmの航続距離となっている。

フロントに燃料電池システムを搭載

燃料電池スタック(固体高分子形燃料電池:PEFC)はトヨタのMIRAI用が使用されているが、水素タンク、大出力電気モーターで後輪を駆動する強力なドライブ・システムや、インタークーラー、エアフィルター、制御ユニット、センサー、タービン付き高回転コンプレッサー、そして高電圧クーラント・ポンプなどはBMWで独自開発している。

燃料電池スタック

トヨタ製の燃料電池は積み重ねられ、スタックを形成し、そのスタックは5トンのプレス機でプレスされている。さらにアルミ鋳造ケースに格納され、そのケースに他の構成部品が組み付けられている。

燃料電池システムの構成

なお「iX5 ハイドロジェン」は、EV技術と燃料電池システムで構成されているため、EVと同様に強い回生ブレーキを利用することができ、その回生電力によりバッテリーを充電することができるようになっている。

こうしたシステムを搭載した「iX5 ハイドロジェン」は性能的にきわめて高く、高速走行、キャンピングカーの牽引走行なども苦にしない能力を備えており、同時にEVと同等レベルの静粛性、快適性を備えたモデルとなっている。

一方で、700バールに対応できる高圧水素ステーション網のインフラ課題、燃料電池スタックが現在でもいわゆる量産化というレベルの生産が困難なことなどを乗り越えるべきハードルもある。

にちみに水素ステーションは、日本では高圧ガスの法規制により、1ヵ所作るのに3億円〜5億円は必要とされ、さらに高圧水素ガスの充填には資格が求められる。ドイツでは水素ガスステーションの設置費用ははるかに安価で、また高圧水素の重点も自動化、セルフ充填が可能になっている。

また自動車の水素利用に積極的な国は、中国、ドイツ、韓国、日本、そしてアメリカのカリフォルニア州と地域的な偏りがあり、こうした点もFCEVの普及のためには課題となっている。

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