先週のリトモにつづき、チェッカーモータースが制作したカタログの続編です。
今から20年以上前、「輸入車」が「外車」と呼ばれていた頃には、各インポーターが趣向を凝らしたカタログが多くありました。ご当地色の強いそれらの中には、クルマの魅力を自由すぎる表現で紹介した、ツッコミどころ満載のカタログも含まれていました。そんな懐かしの輸入車カタログの中から、今回もチェッカーモータースが制作したカタログをご紹介します。<レポート:北沢剛司/Koji Kitazawa>
■自動車界の巨匠も青ざめるウーノとは?
チェッカーモータースが扱っていたフィアット車の中でも、ジョルジェット・ジウジアーロがデザインしたフィアット・ウーノは、人気の高いモデルのひとつでした。そんなウーノのラインアップに新たに追加されたウーノ SX・70は、1.3Lエンジンで最高出力70psを発揮。排気量1.1Lで55psを発揮するエントリーモデルの上位に位置していました。
このカタログは1枚モノの簡易的なつくりですが、さまざまな創意工夫により、高性能モデルであることを強力にアピールしています。
まず、クルマの正面写真のバックには、鋭い目つきの虎が使われています。キャッチコピーにも「こいつは、羊の皮を着た野獣だ、と誰もが言った。」とあります。わずか15psの出力向上で野獣化するとはとても思えませんし、本当に「誰もが言った。」かどうかも甚だ疑問です。そして野獣のイメージとして虎の写真を使うという、あまりにも直球すぎるアプローチにはブレのない潔さを感じます。
さらには
ジウジアーロが青ざめた、1,300cc・70馬力。新登場。
とあります。
「ジウジアーロが青ざめるなんて、そんなバナナ!」と当時誰もが思ったことでしょう。そもそもこのコピーに対するエビデンスはどうなっているのでしょうか? 自動車デザイナーの巨匠であるジョルジェット・ジウジアーロ氏が、わずか70馬力のフィアット・ウーノに青ざめるとは到底思えず、制作現場のイケイケな雰囲気で言い切ってしまった感があります。
さらに下側の商品説明もぶっとびです。
諸君がすでに知っている、ウーノ 55SDX・ウーノ 55S イタリアンキャッツに、凄い兄貴が誕生した。その名も、ウーノ SX・70。
という具合。お客様に対して「諸君」と言ってしまうタカビーな姿勢が最高にイカしています。ジウジアーロ氏の一件といい、もはやなんでもありの感が否めません。さすがは輸入車業界でブイブイ言わせていた、チェッカーモータースならではカタログといえるでしょう。
■今なら大ヒット間違いなし?ウーノはやっぱり猫が好き
フィアット・ウーノの本カタログも、強烈なインパクトの持ち主です。
誰が見ても猫グッズのカタログとしか思えないこの表紙。FIATのロゴがなければ、これをクルマのカタログと認識するのは困難でしょう。なぜ猫なのか?というと、「イタリアン・キャッツ」という名のモデルを設定していたため。もちろん、イタリア本国にそのようなモデル名があるはずもなく、これもチェッカーモータースが独自に設定したものでした。まさに今日の猫ブームを先取りしたようなモデルで、愛猫家必携の1台です。
最初の見開きでも猫の写真を大胆に使用。しかも顔よりも身体のほうが大きく使われています。これは「猫足」のような足回りの良さを表現したのでしょうか。
ちなみにキャッチコピーは、「DXでロングバケーションするか。キャッツ・バージョンでサンセットを駆けるか。ウーノの世界は果敢だぞ。」というもの。「だぞ。」というフレンドリーな表現にグッとくるのも束の間、その下の商品解説でもチェッカーモータース節が冴え渡ります。
凄い走りでやってきた。速度制限のないアウトバーンで、磨きに磨いた高速安定性。これが、ヨーロッパだ。
鬼才ジウジアーロの緻密な計算と感性からうまれた面構成のシルエットは、あ、という間に空力特性Cd値0.34を叩き出した。
「これが、ヨーロッパだ。」と言い切る姿勢に力強さを感じる一方、ジウジアーロを「鬼才」と呼ぶ表現も独特です。例えば、スーパーカーなどの個性的なデザインで知られるマルチェロ・ガンディーニを鬼才と呼ぶのは分かりますが、ジョルジェット・ジウジアーロはどちらかといえば「天才」の方がしっくりくるのではないでしょうか。
そして締めのコピーも完璧です。
確かな足まわり。バランスのよさ。世界の道を知りぬいたフィアットの誇り、ウーノ。このシートは、あなたのものだ。
「このシートは、あなたのものだ。」と言われてしまったら、契約に揺れる想いを抱いていた人も思わず印鑑を押してしまいそうです。猫を大胆に使ったり、歯の浮くようなセリフをギンギラギンにさりげなく言い切ってしまうセンスには脱帽するほかありません。
■キャッチコピーにまさかのダジャレ登場!
フィアット・ウーノ 55S イタリアンキャッツには、1枚ペラのチラシ的なカタログも制作されました。このカタログには、思わず二度見してしまうような強烈すぎるキャッチコピーが現れます。
ただものじゃない。と思ってたら、やっぱりそうか。イタリアの山猫。ネコかぶってたな。
モデル名の「イタリアンキャッツ」にかけて「ネコかぶってたな。」とダジャレをかますなど、もはや誰にも暴走を止められない状態。ここまでくると、ほとんど大喜利の世界に入っています。さらに猫の顔をイメージした円形の中に車名と価格を入れるなど、デザイナーの遊び心も弾けまくっています。
もちろん、商品解説もユニークです。
見たか。聞いたか。この走り。高速安定性。リッターカーのNo.1をその名に冠した、ウーノ55S。DX&キャッツ・バージョン。
抜群の高速安定性。100km/hを超えてハンドルがぶれるようなヤワなクルマじゃない。
ましてや、新登場のキャッツ・バージョンは、価格も仕様も、ゾクゾクものだ。
今ならディーラーに来た客がザワザワしてしまいそうなコピーですが、このような表現が許された社風には、ある意味羨ましささえ感じます。それにしても、イタリア本国の人たちはこのような日本独自のカタログをどのように感じていたのでしょうか?本国の常識的な内容とは一線を画す斬新なセンスのカタログは、海外から見たら『ヤマトナデシコ七変化』といった状態だったのでしょうね。
ちなみに裏面は、ツインカムリトモ 105と、ベルギーのアパル社製356 スピードスターを紹介しています。356 スピードスター レプリカのキャッチコピーには「ジェームス・ディーンの愛車を、これほど忠実に再現した車を、他に知らない。」とあり、クルマよりもむしろジェームス・ディーンの魅力について語っています。
こちらも締めのコピーが絶妙です。
スポーツカーが、最もスポーツカーらしい時代の花形車。ジミーの最愛の車のレプリカだ。但し、現代のジミーのために、チューンナップしてある。ヨーロッパ・アパル社製。悪いけど月4台以上は売れない。
自動車のカタログの中で「悪いけど」という言葉を見たのは、後にも先にもこれだけ。また「月4台以上は売れない。」という、上から目線でぶっきらぼうな言い回しも、かなりチョベリバな表現です。逆にいえば、メーカーの生産規模を逆手に取り、希少価値を訴求した斬新な表現方法ともいえます。普通では絶対に使わないような文章表現でクルマの魅力を訴求する手法は、チェッカーモータースならではの魅力です。
■ついにクルマを擬人化したモークのカタログ
最後にご紹介するのは、1990年代に輸入されたモークのカタログです。1964年にクラシック・ミニの派生モデルとして登場したミニ・モークは、1990年にイタリアの2輪メーカー、カジバが製造を引き継ぎ、日本ではチェッカーモータースが輸入販売を行なっていました。
カタログの表紙には「HIS NAME IS MOKE」とあり、モークのフロントマスクをチラ見せしています。
最初の見開きでは、「父に「アレックイシゴニス」。兄に“ミニ”を持つ由緒ある彼。」として、モークの歴史について触れています。これだけなら特に違和感はありませんが、その後は以下のようなコピーが続きます。
彼の才能と美男子ぶりは世間に高い評判を得たが、彼は一部の人達に奉仕することを嫌い、若者達の感性の一体になって、世界を走り続けることを好んだ。
その後、誕生以来、活躍してきた彼は、一時的に休養を余儀なくされたが、かねてから、彼の才能に目をつけていたイタリアの『カジバ社』は再び彼が世に登場し、活動を始めることに大きな期待を寄せていた。
なんと、このカタログではモークを「彼」と呼び、1冊を通じて擬人化しているのです。
次の見開きでは、
彼をパートナーにできる歓びは言葉では現せない。
彼は何処へ行くことも嫌がらないし、どんなシチュエーションでもその個性を発揮してくれる。
彼との会話は実に人間性にあふれ、こちらの要求に対しいつもベストを尽くしてくれる。淋しい時には、疲れた心をそっと包んでくれるし、気が高ぶっている時には、荒々しさを発揮してくれる。本当に不思議な奴だ。
という具合。「彼」への愛情が文章からにじみ出ています。思わず『わたしの彼は左きき』と歌いたくなりますが、このモークは右ハンドル仕様。日本仕様に合わせた気遣いも「彼」の魅力でした。
さらには「海を見ながら湘南134号線を走るのも楽しいが、僕はどちらかと言えば、広尾の地中海通りや、六本木のスクエアビルが似合っていると思う。」とあり、都会志向のヤンエグや5時から男、さらには夜な夜な『六本木心中』していたアッシー君をターゲットとしていることが分かります。まさに『大都会』を生きる男の『摩天楼ブルース』が聞こえてきそうです。
次のページでは、「キリッとした顔だち、頼りがいのあるボディーに、優しいハートの彼。」として、モークの詳細について解説しています。
そして何よりも目を引くのは、彼がオシャレになったことだ。荒地を走破していた時には気にもしなかった彼だが、思春期を迎えたらしい。
両サイドのキャンバスにはジッパーによる戸開が新しく装着され、その機能性とファッション性をマッチさせた彼のオシャレ感覚には驚かされる。また、頭の固い人にはハードトップが、クールな性格の人にはエアコンもオプションとして持っている。
このカタログを見るまで、筆者はクルマに思春期があることを知りませんでした。そして、頭の固い人=ハードトップ、クールな性格の人=エアコンという見事な例えでオプション装備を解説するなど、コピーのキレの良さはドライ戦争以上のものがあります。もはや「おったまげー」と言うしかない表現力豊かなコピーライティングには感動を覚えます。
イタリア車の魅力は、なにより乗って楽しいこと。初代チェッカーモータースが’80年代から’90年代にかけて制作したカタログには、そんなイタリア車の楽しさがダイレクトに伝わってきます。制作側もノリノリで仕事をしていたはずで、仕事も遊びも思いっきり楽しむイタリア的気質に溢れています。
チェッカーモータースの懐かしいカタログを見ていると、人生は楽しんだ者勝ちというイタリアの素敵なライフスタイルに改めて気付かされます。当時より格段に信頼性が増したイタリア車に、ドラマティックに恋してみるのも良いかもしれませんね。