懐かしのイタリア車カタログはプッツン満載のいかすキャッチコピー天国だ!

現在の輸入車カタログは、基本的に本国版と同じ体裁でどれも洗練されたものばかり。しかし、今から20年以上前に日本のインポーターが制作したカタログには、表現の自由が最大限に与えられ、百花繚乱の面白さがありました。今回はそんな懐かしのイタリア車カタログをご紹介します。<レポート:北沢剛司/Koji Kitazawa>

昔の輸入車カタログのなかでも、ドイツ車やイギリス車、スウェーデン車などは常識的で、逆にアメリカ車やフランス車、イタリア車は表現の自由度が高い傾向にあります。なかでも世界観をつくり込んだカタログには独特のテイストがあり、勢いあまって暴走してしまったカタログもあるほど。特にバブル期のイタリア車にはその傾向が強く、自由闊達な雰囲気がカタログから伝わってきます。

■あのレジェンドも登場する、懐かしのアバルトにGET BACK IN LOVE

最初にご紹介するのは、ジヤクス・カーセールスが製作したアウトビアンキ A112 アバルトのカタログです。ジヤクス(JAX)はフィアット、アウトビアンキ、ランボルギーニ、ルノーを取り扱っていたインポーターで、1986年にジヤクス・カーセールスからジヤクスに社名変更しました。当時は東京・世田谷に本社を構えていましたが、その跡地には現在、Audi 世田谷の立派な建物が建っています。

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そんなジヤクスが制作したアウトビアンキ A112 アバルトのカタログには、なんと「アウトビアンキ」の文字がどこにも出てきません。あくまでも「アバルト」であることにこだわっているのです。表紙のメインは女性ドライバーであり、フロントマスクは「ABARTH」の文字で隠れて見えないという潔さ。ボンネットに貼付される「70 HP」のエンブレムさえ隠れてしまっています。

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最初にページを開くと、なんとモータージャーナリスト界のレジェンド、津々見友彦さんのロード・インプレッションが掲載されています。サングラスと口ひげをたくわえたプロフィール写真は、改めて見ると大変新鮮です。文中には「ロールはほとんど小さく、アブソーバーがほど良く効いたサスペンションはコーナーでもダートでのハードな走行でも全く安定していた」とあり、写真もダート走行中のものが使われています。

また、文中には「脈打つ熱い血、アバルト ー サソリの血統」「瞬発70馬力 ー サソリの鼓動」「虚飾はいらない ー サソリの仕事場」など、アバルトを象徴するサソリと絡めた刺激的なコピーが並びます。さらに「ボア67.2mm × ストローク74.0mmのわずか1050c.c.から10.4のハイコンプレッションと2バレル・ウェーバーで70馬力を引き出すカルロ・アバルトの英知を人は魔術とさえ呼ぶ」として、カルロ・アバルトを魔術師のごとく紹介。その大胆な表現に感動します。

■アルファ ロメオのカタログは、男と女のラブゲーム?

昔から日本での人気が高いアルファ ロメオは、インポーターが目まぐるしく変わったブランドのひとつ。今回ご紹介するのは、フィアット アンド アルファロメオ モータース ジャパン時代に制作されたアルファ ロメオ 155のカタログです。

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アルファ 155は、I.DE.Aが手がけたスタイリッシュなデザインに加え、DTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)やBTCC(イギリス・ツーリングカー選手権)での活躍もあり、日本でも大ヒットとなりました。新しいファンはもとより、クルマの維持に疲れ果て『ジュリアに傷心』した世代のアルファ乗りにとっても、心にグッとくる魅力的なモデルでした。

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このカタログには、155 Super T.Spark 16Vと155 V6 2.5、155 Q4の3種類のモデルが掲載されています。そして最初の見開きを開くと、「野獣三態」のキャッチコピーとともに、次のような文章が記載されています。

“見えていたのは色でも形でもなく、揺らめき続ける気配だった。風はその気配をこう訳した。「思慮深き獣たち」。
木陰の奥から好奇のさえずりが響く。「見られているのはお前の方だ」。
沈黙の草原はいま粛粛と朝を迎えた。日常が突然きしみ出した。望ましき困惑がそこにあった。
アルファ ロメオ 155。高貴にして蛮性を潜ませた彼ら。眼をそらすわけにはいかない。”

とてもクルマのカタログとは思えない文章がいきなり登場し、その世界観に圧倒されます。少なくとも筆者にとっては理解不能でした。しかし、ここでドン引きしてはいけません。

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さらにページを開くと、3種類のモデルそれぞれに「豹変」「激情」「純粋」のタイトルが付けられ、それぞれに妖艶な文章が並びます。例えば、「貴いのはその豹変ぶりである。優雅にして苛烈。処女のごとく熟女のごとく。君子は確かに豹変する。知性ある者のみがこのアルファ ロメオと渡り合える。」という具合。ほかにも「こんな奴と付き合うには節度がいる。うっかり劣情にかられてはひとたまりもない。」「アルファ ロメオは『走りを愛する者』だけを愛する。愛する者にだけ身をゆだね、この鮮烈な旋律を聴かせる。」など、アルファ ロメオというクルマを完全に「オンナ」として扱っています。

「処女」「熟女」「劣情」などという言葉が、カタログに使われていること自体に驚きを隠せません。そもそもクルマに対して「劣情にかられる」人がどの程度いるのか甚だ疑問です。クルマ選びで火遊びしたくない人は、スバル・レガシィあたりを買っていることでしょう。それを思うと、この文章はあえて危険なオンナに手を出したい、オトコたちの本能を呼び覚ますためのものだったのでしょうか。

『時には娼婦のように』を地でいくような世界観で完結されたアルファ 155のカタログは、イタ車ならではの突き抜け感がハンパない、最高の飛び道具なのであります。

■ランチア・テーマのカタログには、ロマンスの神様が宿る

イタリアの高級車ブランドとして日本でも高い人気を誇ったランチア。その最高級セダンとして’80年代から’90年代にかけて発売されていたのが「テーマ」です。マセラティよりも手頃な価格でイタリア製高級車の魅力が味わえるため、日本でも人気のモデルとなりました。

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このカタログは、ランチア・テーマの最終モデルとなる1994年に発行されたもの。当時、ガレーヂ伊太利屋とマツダ系のオートザム店の2系列で販売されていたテーマのうち、オートザムが制作したほうのカタログです。ガレーヂ伊太利屋のカタログは本国版に準じたアッサリとした内容だったのに対して、オートザムのそれは、男のロマンを具現化したようなコピーライティングが特徴でした。その冒頭では、ランチア、そしてテーマの普遍的な価値について語っています。

“基本的な骨格づくり、すべてはそこにかかっている。
どれだけの時間とエネルギーが注ぎ込まれたか、それは時間がたつにつれ知られる。
その時、得られるものは何か、それは信頼か、不信かのいずれかである。
時を経るにつれ、信頼の絆が強くなるもの、それこそが
真のブランドの存在価値なのである。”

コピーライティングとしては大変素晴らしいのですが、現在ランチアはブランド消滅の危機にさらされているだけに、今読むとあまりにも自虐的すぎる内容です。しかし、当時のランチアは独自の審美眼を持ったユーザーに愛されていました。このカタログでも、そんな酸いも甘いも噛み分けたユーザーへのアプローチが全編にわたって展開されます。

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「私は、テーマが似合う人を知っている。」
「テーマが似合う。それは年齢ではなく、生き方の問題のようだ。」
「私の人生を語る車がある。ランチア・テーマ。」

数多くのクルマの中からランチア・テーマを選ぶようなこだわりユーザーにとって、これらのキャッチコピーは「テーマは私にこそふさわしい」と確信できる内容でした。購入時に背中を後押ししたのは間違いないでしょう。

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クロージングの文章も秀逸です。

“いくつもの紆余屈曲があった。右に振られ、左に振られしてきた。
有頂天になり過ぎたこともあったし、必要以上に落胆したこともあった。自分の道を失いかけたこともあった。
しかし今、私はテーマとともにある。そしてテーマは、私が来た道が間違っていなかったことを教えてくれている。
今こうしてある自分を神と、妻に感謝しなければならない。”

言い換えれば、バブル経済の光と闇を経験し、さまざまなクルマ遍歴を経て、ブレない自分になったということでしょうか。この時代のイタリア車オーナーのなかには、さまざまなトラブルに見舞われて『そして僕は途方に暮れる』となり、イタ車を降りてしまった人も少なくありません。そのような時代にあっても、自らの揺るぎない信念で欲しいクルマを買えるなんて羨ましい限り。そんなわがままを許してくれる妻には、本当に感謝しなければならないでしょう。一歩間違えれば、ディーラーとの売買契約書の代わりに、妻からの離婚届に印鑑を押さなければならない事態にもなりかねませんから…。

■ミラノ育ちの君に胸キュン

前述のオートザム店では、ランチアとともにアウトビアンキ Y10も取り扱っていました。そしてバブル時代を謳歌するように気合の入ったカタログを制作していました。

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これはオートザムが1990年に制作したアウトビアンキ Y10のカタログです。このビジュアルを見て、クルマのカタログを想像できる人はほぼ皆無でしょう。判型もB4サイズに近い大判で、写真はもちろん撮り下ろし。アウトビアンキゆかりの地であるミラノ市街で撮影を行なっています。

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キャッチコピーにも、「イタリア」と「ミラノ」が随所に現れます。

「グラッとイタリアン、アウトビアンキ Y10 ミラノ育ち。」
「イタリアのおはよう。」
「走る、イタリアン・ファニチャー。」
「ほがらかな、イタリアン・モダンデザイン。」

もう、これでもか!という感じのイタリア推し。バブル時代ならではの力技に清々しさを感じます。まさにイタリアへの純愛ラプソディという感じでしょうか。

■ランチアに乗る、それが大事

オートザムのイカしたコピーは、アウトビアンキ Y10と同じ1990年につくられたランチア・テーマのカタログにも含まれています。

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足元をアップにしたアウトビアンキ Y10とは対照的に、ランチア・テーマの表紙は女性の横顔。いずれにしても美女の一部分を大写しにしていることに変わりありません。この表紙もまた、クルマを連想させる要素は一切ないのが特徴です。

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ランチア・テーマを紹介する最初の見開きに登場するキャッチコピーは、ズバリ「ランチアにお乗りなさい。」というもの。
冒頭でいきなりの上から目線。あまりの衝撃に目が点になります。その後に続くコピーも「ヨーロッパの、イタリアの、車創りの伝統を日々味わう喜びを知るでしょう。」という自信に満ちたもの。オートザム店でランチア・テーマを販売するには、これくらいの自信と強靭なメンタルが必要だったのかもしれません。

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次の見開きのキャッチコピーも飛ばしています。

「自然に気品がそなわっている。つまり、コンセプトにブレがない。」

カタログで自らを「ブレがない」と言ってしまうこと自体驚きですが、ここでも強烈な自己肯定が見られます。『これが私の生きる道』とでも言いたげな圧倒的な自信に、思わずひれ伏してしまいそうです。

■テーマ 8.32という恋におちて

最後にご紹介するのは、やはりオートザムが1990年に制作したランチア・テーマ 8.32のカタログです。

1986年に誕生したランチア・テーマ 8.32は、ランチア・テーマのエンジンルームに、フェラーリ 308 GTBクワトロヴァルヴォーレ用の3リッターV8エンジンを横向きに搭載する前輪駆動モデル。フェラーリのエンジンを積んだ4ドアサルーンとして、日本でも当時大きな話題となりました。

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そんな最強のイタリアン・コラボにもかかわらず、表紙はまたしてもファッション・ブランドのようなテイスト。フェラーリの存在を完全に消し去っています。しかし、ランチア・テーマ 8.32を紹介する最初の見開きページでは、自動車カタログ史上稀に見る強烈なキャッチコピーが現れます。

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「2分であなたは幸せになれる。」

カタログでここまでの決め台詞を言えるクルマなんて、そうそうありません。
「ランチアにお乗りなさい。」という前述のカタログ然り、もはや宗教的な雰囲気さえ醸し出しています。

その後もスピリチュアルな文章が続きます。

“シートに身を滑らせ、イグニッションキーを捻る。
オートエアコンのスイッチをON。静かにハミングするV8のアイドリング。
たったそれだけのいつもの儀式。しかし私の心は、深く満たされてくる。”

幸せへのお導きともいえる神々しさのなかに「儀式」というお言葉が含まれています。まさにこのクルマの宗教性を感じさせる表現です。

周知の通り、ランチア・テーマ 8.32は、登場から30年以上経つ現在においても「もっとも買ってはいけないアブナイ中古ガイシャ」の代表格です。すぐにオーバーヒートするとか、1万キロごとにタイミングベルト交換が必要などという都市伝説が生まれるほどの問題作。ある意味、信者でなければ維持するのが難しいため、このアプローチは実に的を得ています。そう、信じる者は救われるのです。たとえ、どんなトラブルが待ち受けていようとも…。

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次の見開きでは「走り出せば、セダンを忘れる。CD=0.32」のキャッチコピーが。てっきりテーマ 8.32の特徴的な装備である電動格納式リアスポイラーの話かと思ったのですが、その後のコピーでは「右足のアクセラレーションが、官能のフェラーリ・サウンドを奏でる。低回転域からの一気の加速。すべてはレーシング・ユニットのデリカシーを持って、私の意図にレスポンスする。」と、CD値0.32の話はどこに行ったのか?という拍子抜けの展開。そんなツッコミどころ満載の愛すべきコピーも、この時代のイタリア車ならではといえるでしょう。

そんなカタログに刺激されてランチア・テーマ 8.32を新車購入したユーザーは、きっとさまざまなトラブルに見舞われたことでしょう。2分で幸せになれるどころか、『そんなヒロシに騙されて』とセールスを恨んだ人もいたかもしれません。もしくは『もう恋なんてしない』と、ドイツ車や国産車に乗り換えてしまった人もいたことでしょう。

しかし、テーマ 8.32の魅力は、そんなアブナイ存在そのものにあります。新車の時点で『MajiでKoiする5秒前』ならぬ、マジで壊れる5秒前というべきモデルなだけに、トラブルを気にするようでは幸せになれないのです。気持ちよくお布施をすることで、気がつけば貯めてきたお金もきれいに浄化されていることでしょう。

どんなに困難でくじけそうなトラブルが起きても、信じることを決してやめなければ、必ず最後に愛は勝つ。そんな幸せが体験できるクルマなんて、ランチア・テーマ 8.32しかないのかもしれません。

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