個性的な輸入車をユニークな切り口で紹介するバブル時代のカタログには、愉快で懐かしい想い出がいっぱい!

■輸入車が「外車」と呼ばれていた時代のカタログとは?

現在の輸入車カタログは、基本的には本国版と同じ体裁で、一見すると言語だけ違うようなつくりになっているものがほとんどです。しかし、今から20年以上前に日本のインポーターが独自に製作していたカタログには、自由な雰囲気で個性豊かなものが数多く見られました。今回は往年のインポーターが製作した、懐かしのカタログをご紹介します。<レポート:北沢剛司/Koji Kitazawa>

今でこそほとんどの輸入車メーカーが日本法人を設立していますが、1990年代初頭のいわゆるバブル時代には、日本の会社が総代理店をしているほうが普通でした。例えば、ポルシェはミツワ自動車、アルファロメオは大沢商会、マセラティはガレーヂ伊太利屋など、さまざまなインポーターが活動を行なっていました。

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今では死語になりましたが、この頃は「輸入車」よりも「外車」という呼び名が一般的でした。まわりが国産車ばかりの地域で若者が輸入車に乗ろうものなら、「○○さんのドラ息子は外車を乗り回している」などと噂され、うしろゆびさされ組に入れられてしまう有様でした。

このように輸入車が特別な存在だった時代には、それらのオーナーはお金持ちか相当な変わり者と見られていました。なかでもフランス車やイタリア車を選ぶ人たちは、ドイツ車には飽き足らないエクストリームな顧客層であり、そのこだわりの強さは群を抜いていました。

フランス車やイタリア車のインポーターが製作したカタログには、そんなこだわり派の満足感を高めるようなセールスコピーが並んでいました。また、小型車の場合は女性を意識した文章も多く、ヨーロッパに対する憧れを絡ませた製品紹介が行なわれていたのです。

■シトロエンといえば、西武自動車販売

最初にご紹介するのは、西武自動車販売が1988年に製作したシトロエンCX シリーズ2のカタログです。西武自動車販売は、その名の通りセゾングループの企業で、当時はシトロエン、プジョー、サーブの輸入販売を行なっていました。「知性あるモーターライフ」という同社のキャッチコピーは、こだわりのブランドを扱うインポーターにピッタリのものでした。

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カタログの表紙は、フランス人女性をイメージしたモノクロ写真という大胆な構成。ちなみに同時期の本国版カタログは、シトロエンCXの外観写真を使用する、ごく常識的な表紙でした。西武自動車販売としては、ありきたりのクルマの外観よりも、モノクローム・ヴィーナスのほうがよりエレガントで特別な雰囲気になると考えたのでしょうか。

こちらはシトロエンCX シリーズ2のイギリス版カタログ。シトロエンのCIに準拠した標準的なデザインになっています。
こちらはシトロエンCX シリーズ2のイギリス版カタログ。シトロエンのCIに準拠した標準的なデザインになっています。

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最初の見開きでシトロエンCXのサイドビューが現れます。しかし、メインカットはあくまでも女性の横顔。さらに「極上浪漫。」のキャッチコピーが入ります。カタカナの「ロマン」ではなく漢字で「浪漫」と表記し、しかも縦書きに配置する見事な和洋折衷にアッパレです。そう、今まさにシトロエンとの浪漫飛行がはじまるのです。

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「西ドイツでもない。アメリカでもない。」この大胆なキャッチコピーにすべての要素が凝縮されています。そもそもシトロエンCXを買うような人にとって、ドイツ車やアメリカ車は最初から比較対象にならないでしょう。カタログにはほかにも「すべてが非凡さを放っている」「フレンチ・リムジン」「シトロエン・スピリットの血統」などの表現がありました。このキャッチコピーは、あえてフランスの高級車を選ぶ、エクスクルーシブな顧客のプライドをくすぐるものだったのでしょう。それにしても、1989年のベルリンの壁崩壊から30年近くが経過している今、「西ドイツ」という単語はあまりにも新鮮すぎます。

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カタログにはもちろんハイドロニューマティック・サスペンションをはじめとするメカニズムの解説もあります。1本スポークステアリングやサテライトスイッチなど、独自性の高い装備が強烈な個性を放っていました。

カタログにはまた、「あらたなシトロエン浪漫を誕生させた」「それは、まさにフランス流の極上ロマンティシズム」などのコピーもあり、シトロエンというクルマに対するロマンを全編にわたって説いています。当時のヒット曲になぞらえるなら、さしずめ『Romanticが止まらない』という感じでしょうか。

■本国版を超えたジヤクスのセンスに脱帽

1980年代にランボルギーニを含むイタリア車の輸入販売を行なっていた“JAX”ことジヤクスは、1986年からルノーの輸入販売も手がけていました。当時のラインアップは、「シュペール・サンク」の別名で知られるコンパクトカーのルノー5と、中型サルーンのルノー21、フラッグシップサルーンのルノー25、そしてアルピーヌ・ルノー V6 ターボの4車種でした。

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そんな時代に製作されたのが、このルノー21(ヴァン・テ・アン)のカタログです。この時代のジヤクスは、表紙にルノーのCIカラーであるイエローを使い、モデル名の数字(アルピーヌは頭文字の“A”)を大胆に配するデザインを採用していました。ジヤクスの店舗ではこの黄色のカタログがラックにズラリと並んでいて、ある種の様式美を感じたものです。

驚くべきことに、この表紙デザインはジヤクス独自のもので、本国版カタログではクルマの外観写真が使われています。表紙のインパクトとクオリティでは、本国版を完全に凌いでいました。このカタログは世界中の誰よりきっと、いや世界中のどのインポーターよりきっと心に響く感動があったはずです。

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表紙を開くと、左側にはルノーの歴史解説があり、右側には透かしフィルムが挿入されています。ごく一般的な中型サルーンであるルノー21のカタログにこのような高級感ある仕上げを施すなんて、本国ではまったく想像できなかったことでしょう。

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ルノー21といえば、「フレンチ・ロケット」とも評された21 ターボの存在も有名です。カタログでも21 ターボの魅力をフルボリュームで解説。改行することなく文字を目一杯詰め込んだ解説文からは、つくり手の語りつくせない想いが伝わってきます。

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21 ターボと21 TXEの装備を詳細に解説したこのページも圧巻です。ディテールをここまで詳細に撮るなんて、ほとんど自動車専門誌の領域。『ニューモデル速報 ルノー21のすべて』といわれても違和感はありません。ルノー21を買うようなユーザーには、このような深堀りのアプローチが効果的だったのでしょう。

■商用車なのにパリ撮り下ろしの贅沢さ

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写真はジヤクス系のルノー インプ ジャパンにより制作された、ルノー・エクスプレスのカタログです。表紙にはパリの街中で撮影された写真が使われていますが、これは日本版だけの撮り下ろし。バブル時代ならではの贅沢なつくりです。

ちなみに本国版カタログの表紙は、スタジオ撮影されたビジネスライクな写真。本来商用車であるルノー・エクスプレスに対しわざわざパリでのロケを敢行するなんて、当時の日本人はまさにThe Strangerと思われたことでしょう。

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カタログをめくって最初に現れるのがこの写真です。街中にあるクルマのスナップ写真にしか見えませんが、それもひとつの狙い。パリの日常感を表現したかったのでしょう。さらにカタログにもかかわらず、背景に他の企業の広告が写り込んでいるのも斬新です。ただ左側に写り込んでいるのは、日本でも大人気となったアパレルブランドのベネトン。当時F1のベネトン・チームがルノー・エンジンを使用していたため、ある意味、確信犯かもしれません。

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さらに開くと、雑誌のようなページが現れます。解説文の間にマルシェの写真を入れたり、バケット、コーヒーカップ、シャンパンなどの写真を使うなど、クルマと直接関係のない写真が多数含まれます。なかでもタバコの吸殻が入った灰皿なんて、現在では絶対にありえない絵柄でしょう。

また、ルノーのエンブレムをページの折り目に合わせて配置したり、切り抜き写真の周りに文章を回り込ませたりするレイアウトが新鮮です。特にルノー・エンブレムの周りに文字をシンメトリカルに配置するデザイン性に驚きました。このような企業マークの使いかたは本来NGだと思いますが、そんなおおらかさもこの時代ならではの魅力です。

肝心のメインコピーも斬新です。冒頭から「パリの朝は早い。闇に甘え、時を忘れて飲み過ぎると、ホテルへ帰る途中に朝食のバケットを抱えたマダムや、愛犬と散歩を楽しむ紳士とすれ違う。世界一の美女と呼ばれる都市、パリの素顔がそこにある。」という具合。完全にパリ一色の切り口です。その後もエッセイのような表現手法でルノー・エクスプレスの多彩なキャラクターを紹介していました。

バブル時代につくられたフランス車の懐かしいカタログを見ていると、「フランスのエスプリ」という、今となっては死語となったお決まりのフレーズが頭の中を駆け巡ります。現在にはない濃密なお国柄が感じられる当時のカタログには、異文化に対する憧れのような空気感が感じられ、実に興味深いものでした。

COTY
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