ジャガーにとって2015年6月に発表した新型「XE」は、絶対に失敗できないモデルである。失敗できないと強調するのは、ふたつの意味があるからだ。
そのひとつはBMW3シリーズと同じDセグメントのセダンは、15年くらい前に「Xタイプ」として誕生している。そのときの国際試乗会はフランスで開催されたが、数10台の試乗車が用意されるほど大規模な一大イベントであった。この「Xタイプ」はフォードグループの一員として、フォード・モンディオ(エンジン横置きFF)ベースで開発されたのである。ジャガーの伝統フロントエンジン・リヤ駆動のFRという掟を破ってFFのコンパクトジャガーが誕生したので、往年のジャガーを知る人は困惑した。
最終的にはFF車とAWD、セダンとステーションワゴンが登場したが、アメリカ市場を狙ったものの、販売は不振に終わった。この頃のジャガーは常軌を逸していたかもしれない。フォードのリソースを使って、一気に拡大する路線を引いたのである。Xタイプの上にはBMW5シリーズに相当するSタイプが誕生した。このモデルはFR車だったが、リンカーンのプラットフォームで開発していた。初代Sタイプはお世辞にもジャガーとは思えない走りに落胆した。
結局ジャガーは伝統的にスポーツカーと高級車のメーカーだったので、コンパクトセダンとアッパーミドルの開発は得意ではなかった。フォードもフォードで、低コストでもジャガーブランドを使えば売れると間違った判断を下していた。結局XとSタイプは失敗したのである。
しかし、フォード時代に挑戦した良い出来事は、アルミボディをジャガーのコア技術とする戦略を実践したことだ。2003年ごろに登場した3代目XJはオールアルミのボディを実用化した。この投資はフォードも協力的で、特に生産技術の面ではフォードの技術も貢献した。往年のダブル6(V型12気筒)のエンジンは姿を消したが、アルミボディがXJのアイコンとなったのだ。
◆アルミボディはジャガーのアイコン
あまり知られていないが、ずっとジャガーのアルミボディをウオッチングしてきた私としては、今回のXEの4世代目のアルミボディに注目している。2003年の初代XJから始まったアルミボディは2013年に登場したスポーツカー、Fタイプにも採用され、同じ会社となったランドローバーの高級車レンジローバーにも、アルミボディが採用された。
そして今回XEの名前で誕生したプレミアムコンパクトにもアルミボディが使われている。このプラットフォームは兄貴分のXF(近日中に発売予定)とジャガー初のSUVとなるFペイス(F-Pace)にも採用される。つまり、XEのアルミアーキテクチャーは台数的にももっとも多く生産されるが、XFとFペイスが揃った時に、ジャガーはすべてのモデルがアルミボディとなる。
アルミボディでは先駆者的な役割を演じていたアウディよりもアルミ化が進む。これはジャガーにとって大きなアドバンテージとなるだろう。
新型XEの発表に際して、ジャガー・ランドローバー社のラルフ・スペッツCEOは先代モデルのXタイプの失敗を認めているし、その失敗から学ぶことができたと述べている。しかも新しい社主であるインドのタタは、ジャガーのエンジニアチームに絶好のチャンスを与えたのである。新しい工場と新しいパワートレーンとボディが巡ってきたのだ。
しかし、初めて実物のXEを見たときは正直に言うと驚きはなかった。すでに市場に存在していたかのような普通のたたずまいは、ややもすると退屈なデザインではないかと思ってしまう。実際にジュネーブショーで見た印象はそんな感じだった。
この少し保守的なデザインはむしろ意図的であると、イアン・カラム氏率いるジャガーのデザインチームは考えていた。というのもXEのセグメントは欧州では法人需要も多く、あまり大胆なデザインは嫌われるからだ。しかしスポーツサルーンであるジャガーのDNAは守りたい。とはいえサルーンとしての後席の実用性も重要である。この二つの課題を克服することがデザインチームの重要な仕事であった。カラムは60年代に活躍した往年の「ジャガーMk2」を遠くで意識していたと告白している。
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◆ボディとシャシーにこだわるジャガーXE
ボディのスリーサイズはBMW3シリーズよりも少し大きめの全長4680㎜×全幅1850㎜×全高1415㎜(日本の国土交通省届け出数値)。重量はアルミボディなのでやや軽い。
ところでなぜアルミが軽いのか。自動車の場合はビール缶とは異なり、強度と剛性という異なる物理特性が高度に求められる。だから単純に「アルミ=軽い」とは言い切れない部分もある。しかし、実際にアルミボディは軽量化に貢献できる。その理由はアルミダイキャストや押し出し材を上手に使うことで、強度と剛性の最適化が図れるのだ。このことは、アルミという素材の特性を十分に活かした設計技術が必要となるので、重量だけでは見えないジャガーのアルミボディ技術が伺える。
2003年に発表したXJから数えて10年以上の経験があるが、当初は普通のアルミが70%使われ、ケイ素やニッケルなどを混ぜた高張力アルミ合金が30%使われていた。しかし、新型XEではこの高張力アルミ合金が約70%も使われるようになり、ドアやトランクは衝突特性や修理を考慮してあえてスチールを採用している。
このように衝突強度・修理・剛性など適材適所にいろいろな素材を使うようになった。正確には「アルミ合金を主とした複合材料構造」と言うべきかもしれない。ホワイトボディだけでみるとXEはスチールで設計した時よりも50Kgほど軽いが、実際にXEの全体重量は日本の標準仕様で1600KgとBMWよりも重い。
この重さには意味がありそうだ。中身を見ると新型XEのアルミボディには新しい技術や考え方が織り込まれている。アルミのホワイトボディで軽くなった分、他の部位に重量を使えるようになった。特に前後のサスペンションは重量的には不利であるが、剛性と精度の高いサスペンションが使われている。
フロントはハイ・アッパーマウントのダブルウイッシュボーン、リヤはインテグラルリンクを使っている。前後左右の力を別個に受け止めることができるので、剛性は非常に高い。しかもダンパーとスプリングを別体とすることで、ダンパーの性能をしっかりと引き出している。
◆感激のサスペンション
澄み切った青空と目に眩しい新緑の中で新型XEを見ると、保守的な印象は吹き飛び、むしろ洗練された大人が好むスタイリングだと感動した。「君はそんな素敵なスタイルだったのね」と思わず声を出してしまったくらいだ。早速コクピットに乗り込み、ジャガーXEのエンジンに火を入れてみた。
新型XEのステアリングで感じた印象は、期待を超えるほどの完成度の高さであった。乗り心地とダイナミクスのバランスは、ドイツのライバル以上かもしれない。
エンジンは2.0Lガソリンターボ(200psと240ps)と360psのV6型SC(スーパーチャージャー)が用意される。ディーゼルは180psを発揮する新開発「インジニウム」を搭載し、2015年末頃には国内で市販されそうだ。
国際試乗会ではすべてのエンジンを試してきたが、今回は2.0L・240psとV6型のドライブフィールをレポートしよう。ベースモデルは200psのガソリン車だが、ターボのブースト圧の違いなどで出力を差別化している。スポーツサルーンとして見ると、240psSのガソリン車がもっともジャガーらしいと思った。
北スペインのカタロニア地方の山岳路は厳しく、狭く曲がりくねった道が続く。ジャガーはこの道が好きだ。というのはFタイプのときと同じコースを使っている。正確無比なステアリングとラリーカーのような凹凸をいなすサスペンション、しかも剛性感やフラットライドも必要だ。
開発チーフエンジニアのクリストファー・マキノン氏いわく「車体は軽量高剛性だけど、サスペンションやサブフレームにタップリと質量を与えたので、どんな道でも思い通りの走りができる」と説明している。
タイトコーナーではアンダーステアも少なく、S字コーナーが連続するワインディングではロールとヨーイングのバランスがいい。途中で大きなバンピー路に遭遇した。歯を食いしばって衝撃を予測したが、フロントサスペンションはいとも簡単に凹凸を吸収し、なんなくクリア。これには思わず「さずがジャガーの足だ」と感激した。
8速トルコンATは秀逸だった。右足のスロットルだけで自在にギヤをチョイスできる。ちょっと踏むと7→6速、さらに踏み込むと5速ギヤと、直感的にギヤ選択が可能なのだ。ギヤ比が最適だし、シフトがリニアに行なわれている。
「S」の称号が与えられたV6型SCはサーキットで元気よく走ってくれた。直角90度のコーナーを3速ギヤで進入できる。踏み込んだ時に、スロットルベダルが重くなるポイントでスロットルを一定にすると、ギヤ固定でコーナーをクリアできる。
低速トルクが大きいので、3000rpmからでも加速する。パドルを使うとさらにスポーティに走れるが、そのホットな走りはFタイプと同じだ。重量配分が最適化されたFRセダンなので、ハンドリングはご機嫌。メルセデスのAMGやBMWのMモデルほど過激ではないが、十分にサーキットを楽しむことができた。
本物のスポーツセダンに出会った感じだ。乗り心地は犠牲にしていないところが英国車だ。イケイケドンドンのドイツ車とは違って、いかにも大人っぽい乗り味にすっかりとやられてしまった。日本の道で走る日が楽しみである。