【繁浩太郎の言いたい放題コラム】第11回 読むと得をする 生死に関わる「衝突性能」を考える

後方01
今回の言いたい放題は自動車の衝突安全性能について書いてみました(画像提供:自動車事故対策機構 NASVA)

今回は少し難しく、重たいテーマですが、とても重要なことですから、みなさんにも考えてもらいたいことだと思っています。

◆現実、リアルワールド
「衝突事故」といえば、多くの方はテレビのニュースなどで、衝突事故現場の様子を見るくらいですよね。その時に、「クルマは凄くつぶれているのに、軽い怪我」、また逆に「クルマはそれほどつぶれていないのに、亡くなった」など「あれ?」と思われたことはありませんでしたか。あるいは、「A車とB車がぶつかったのを見たけど、B車はつぶれ方が大きくあれは怖いね。乗るなら絶対A車だね」という人の話を聞いたことが、あるかもしれませんね。

私の知人も雨の夜の高速道路で単独事故を起こしましたが、ほんのかすり傷でした。「道路に犬が飛び出してきて、避けようとしてハンドル切ったらスピンして、ガンガンときて、その後は、気がついたら道路の端に止まっていた。」と言っていました。

本当に犬が飛び出して来たかどうかは別として、高速道路上でクルマはガードレールなどにガンガンぶつかりながらクルクルまわり、結果衝突後のクルマは全面ベコベコで、バンパーや前輪のタイヤ等は完全に取れていて、形は全くわからなくなっていて、まぁキャビンだけはかろうじて残っているという有様でした。

のっけから、こんな話しで申し訳ありませんが、今回のテーマは「衝突」です。

これらの話から、クルマの見た目のつぶれ方からは、人の傷害の程度は、「一概にはわからない」ということになりますね。じゃ、衝突・傷害っていったいどういうこと? 生死の境はどこにあるのか?

◆衝突安全テストモード
「衝突安全」についてはパッシブセーフティ(受動的安全)とアクティブセーフティ(能動的安全)という2種類あります。

アクティブセイフティは近年技術も進歩して、その一つが「衝突軽減ブレーキ」です。また、レーンキーピング、ABS、VSC(横滑り防止),や全車速追従走行など、事故に会わないための安全装置が数多く出てきています。つまり、いかに事故に至らせないかという技術で、究極は自動運転ですね。

事故が起こってからのパッシブセーフティに関しても、事故調査や研究が行なわれ、衝突テストモードがアメリカとヨーロッパで研究され、安全基準が作られてきました。テストは決められた衝突テストモードで実際にクルマをぶつけて、安全基準が守られているのかが検証されます。

このテストモードはNHTSA(米国運輸省道路交通安全局)のフルラップ衝突(正面衝突)、側面衝突、ロールオーバー(転倒)等、またIIHS(米国道路安全保険協会)のオフセット前面衝突試験、SUV側面衝突試験、後突頸部障害保護試験、ルーフ強度試験などなど、日本も含めて世界で多くのテストモードがあります。

NCAP(New Car Assessment Program)は、さらに厳しい条件での衝突テストを行ない、車両ごとにランク付けを行なって公表しています。これは自動車メーカーに対して、衝突安全性の高い車両の開発を促そうとする狙いもあります。日本でもJNCAPとして、衝突試験結果が公表されています。

これらは、実際の衝突形態データ、さらに車両のつぶれ方、乗員の頭への障害、胸への傷害などさまざまな観点から、車両の安全性の高さが測れるように決められています。

衝突形態

 

衝突変形データ・・・やはり前面衝突が多い。

フルラップ衝突1
画像提供:自動車事故対策機構 NASVA

◆テスト結果の判定基準
試験はどのようにして行なわれるかと言いますと、テストモード(=条件)で実際にぶつけて、乗員に見立てたダミー人形に対する衝撃の強さを測定して、判定されます。それは頭や胸、下肢など多岐に渡ります。ダミー人形はハイブリッドⅢと呼ばれる人体模型で、靴をはかせる(28cm±1cm、650g±200g)、綿製の半袖シャツ、半ズボンをはかせるなど細かな規定があります。

以下は「前面衝突時の乗員保護の技術基準」で定められている判定基準です。
1. HIC≦1000
2. 胸部合成加速度≦588m/s2(60.0G)
3. 大腿部荷重≦1000daN(1021kgf)
4. ダミーが衝突後も座席ベルトで拘束されていること。
*衝突速度は50.0+0、-2km/hの惰行走行

1.の「HIC(Head Injury Criteria)」とは、ダミーの頭部傷害の程度を示す指数で、HICが1000以下で死亡確率はゼロということを示します。つまり、頭蓋骨の内部で脳漿内(のうしょう)に浮かんでいる脳が、加速度(G)により頭蓋骨の壁面に衝突して受傷する程度を HIC で表していると考えれば良いかと思います。

2.の胸部合成加速度≦588m/s2(60.0G)というのは、ほんの一瞬でも60Gを超えてはいけないというものです。このように、人にとって大切な頭や胸、さらに大腿部などへの障害はGの大きさによるということになります。

では次にGについて説明します。

◆Gとは
G(重力)とは、9.81m/sec2(重力加速度=標準重力)で表されます。自動車レースのF1の番組とかではよく「G」って言葉は出てきますよね。クルマが急減速した場合のGを仮に計算してみましょう。例えば時速50kmで走っているクルマが衝突して0.05秒で停止した場合の減速『加速度(G値)』は?

50km/h=秒速13.9m/sec
加速度(G値)= 13.9m/sec ÷ 0.05秒 = 278m/sec2
278÷(9.81m/sec)=28.3(G)

体重70kgとして28.3倍、つまり体に0.05秒間で1981kg、約2t近い力を感じるという計算になります。たまらんですね。減速スピードが大きく、それが短時間であればあるほど加速度(G値)は大きくなり、それが乗員に加わるということです。

このように考えると衝突がドカンと一瞬で終わると人に厳しく、衝突が始まって終わるまでに、例えばスピンして止まった時のように時間がかかると、人への衝撃が少なくなるということになります。これで、雨の高速でスピンしてクルマがベコベコ・バラバラになりながらも、助かった理由がなんとなくわかりますね。

ほとんどの衝突は一瞬ですが、時間をかけると助かる率が上がることを考えてみましょう。

ボディがつぶれるという事象を時間的に詳しく見ると、衝突の衝撃は時間をかけてボディがつぶれて吸収しているということがわかります。結局、いかに衝突前のエネルギーを時間かけて車体をつぶしながら吸収するかによって、乗員へ伝わるGが抑えられ、傷害の程度が低くてすむかということになります。

この場合下記の図で簡単に説明しますと、衝突エネルギーは三角の面積になり、t2で人間の限界Gに達する衝突の面積が4×2×1/2=4ということになります。これをt1という短い時間で終わらせると同じ面積になるためにはGが人間の限界Gを超えてしまいます。

衝突T1T2

一方、何回にも渡って時間をかけて衝突が終わるというのは下記のt3のイメージになります。

衝突T3

簡単に説明しましたが、このような考え方で、衝突テストモードに対して、人間の限界Gを超えないように、車体をいかにつぶしていくかをメーカーでは考え設計しています。これがホンダですとG-CONボディで、トヨタであればGOAなんて名称が付いています。

また、ボディ以外ですと、乗員の拘束装置でシートベルトがありますが「プリテンショナー」は衝突と同時にベルトを巻き上げ、早く乗員を拘束する装置です。つまり、早くGを立ち上げ、上でいう三角の立ち上がりを鋭くして、三角面積を早い時間で大きくしていくものです。ただこれがキツすぎるとまた良くないので、フォースリミッター(ロードリミッター)で必要に応じて戻します。このようにベルトではある程度以上は拘束しきれないので、エアバックとの合わせ技で安全性を高めます。

実際の衝突では、当たり前ですが速度が遅い方が衝突エネルギーは小さくなりますから、衝突が避けられないと思ったら、思いっきりブレーキを踏むことです。最近のクルマはABSをはじめ、さまざまな安全デバイスが付いていますから、迷わず思いっきりペダルを踏みつけ、折ってしまうくらい踏むことでが大切です。

◆コンパティビリティ(両立性)

クルマ同士の正面衝突を考えると、エネルギーは質量M、速度Vとし、1/2MV2乗ですから、3ナンバーのような大きな車と質量の小さな軽自動車のようなクルマでは、軽自動車が不利なのは言うまでもありません。つまりJNCAPのテスト結果で「軽自動車」と「大きなクルマ」の2台が同じファイブスター同士でも、これが正面衝突すると軽自動車は辛い。

ただ、大きなクルマのつぶれしろ(つぶれる量)をより大きくし、小さいクルマへの加害性を少なくして、逆に軽自動車は頑張るように設計されているクルマもあり、最近ではかなり良くなってきていると聞いています。

一方で、衝撃吸収が良すぎる、つまりつぶれすぎますと、車室内の乗員のところまで変形がきてしまい、これはこれでアウトです。基本的な衝突安全ボディの造り方は、乗員が乗っているキャビンまで衝突変形がくると生存空間がなくなるので、キャビンは硬くします。逆にキャビンまでは、効果的につぶれて衝撃を吸収してくれることを狙いとした設計になっています。

キャビンに衝突変形がこないことを確認するテストが「対デフォーマブルバリア・オフセット前面衝突試験」です。また、いかに効果的につぶれて衝撃を吸収してくれるボディか、とシートベルトやエアバッグの乗員拘束装置の確認は「対リジッドバリア・フルラップ前面衝突試験」です。これらの性能は時代と共に良くなってきていますが、もちろんクルマによって差はあります。

オフセット01
オフセット前面衝突試験(画像提供:自動車事故対策機構 NASVA)
フルラップアップ
フルラップ前面衝突試験(画像提供:自動車事故対策機構 NASVA)

◆設計思想
衝突性能に関して、販売されているクルマの全部が全部同じ性能ではありません。それは、各カーメーカーにより設計思想が異なったりして、設計仕様が異なるからです。

燃費もそうですが、衝突性能もカーメーカーがテストモードだけの値を頑張って良くして、実際の燃費や衝突の状態は関知しなということがあると、これはいけません。

例えば、テストモードのフルラップ衝突では、対リジット・バリアに対して垂直に、速度35mph(約56km/h)でぶつけます。極端な話、センサーの性能をこれにだけ合わせて簡略に安く作っても、テストの時にエアバッグが開けばOKな訳です。

しかし、実際の衝突ではそんなにきっちりと衝突しません。少し斜めの衝突もあるので、その時エアバッグを含めて、どれくらい斜めの衝突まで考えておくのか? その結果、センサーの数が増えてコストが上がることもあります。

また、テストではシートスライド量の中央をドイビングポジションとしてダミーを座らせますが、実際にはシートスライドの後ろの位置にすわるドライバーもいます。この後ろに座る人はハンドルについているエアバッグと頭の距離がテストモードより長くなります。

つまり、衝突をセンサーが感知してエアバッグが開くタイミングと、衝突で乗員の頭が前に大きく振れて、エアバッグに到達するまでの時間、これが合っていて欲しいですが、この場合は少しずれる可能性があります。

そこで、一般的にエアバッグは、衝突後の視界確保を理由に、膨張して直ぐに中のエアは抜けますが、乗員の頭をエアバッグで受けたことを感知してから、エアが抜けるようになっているものもあります。

また逆に、エアバックの加害性のことはご存知と思いますが、メーカー推薦のドライビングポジションより前に座る人もいます。

この人達にとっては体とエアバッグが近くなるため、エアバッグの爆発膨張により顔・頭・胸などへの衝撃が大きくなることも考えられます。よって、爆発までは瞬時に行なわれますが、膨張の時にほんの少しゆっくりとエアバックを展開させることにより、爆発衝撃を緩和させる技術もあります。もっともハンドルを抱きかかえて運転するユーザーは論外ですが。

また、あるメーカーのお客様相談室に「自分が運転していてクルマが電柱にぶつかったのに、エアバッグが開かなかった。欠陥商品だ」とユーザー本人から怒りの電話があったそうです。「お客様が電話をかけてこられる程度の衝突だから、エアバッグは開かなかったのですよ」と説明したそうです。(明答だと思います)

ユーザーの多くは「衝突すると必ずエアバッグが開く」と思われているかもしれませんが、軽衝突ではエアバッグは開きませんが、軽衝突ではエアバッグは開きません。つまり、ベルトだけで十分なのにエアバッグまで開くと、今度はその加害性や、エアバッグの修理も問題になってきますしね。

逆に、高速で衝突した場合、先ほどの例のようにスピンしたりして、何回も衝突して止まる場合でも、一回目より二回目の衝突で、かなりのGが乗員に加わる場合があるかもしれません。この時、一回目で開かせず、二回目で開かせるとか、つまりどちらの衝突でエアバックを開かせるか?

これは、もちろんテストモードにはありませんが、リアルワールドの課題として、技術的には必要な検討項目になりますね。いずれにしても、テストモードを遥かに超えるような衝突がリアルワールドで起こると、これは厳しいですね。「速度注意」。

このように、テストモードをクリアするだけでなく、できるだけリアルモードのことも考えて対応することは大切ですが、開発から装着装備するまでもちろんタダではできなくてコストがかかるものです。またやりすぎても「戦車を作るのか?」ということになり、最終的にはユーザー負担が増えたりします。

各カーメーカーの設計思想に委ねられているのが現状です。

しかもこの技術・設計思想は「できるだけ」という「程度もの」ですから、セールスポイントにはなりにくいのです。でも、ユーザーのことを想い、装着するというメーカーの姿勢は、表には現れませんが非常に大切で評価されるべきことと思います。

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画像提供:自動車事故対策機構 NASVA

◆ユーザーの責任
では、こういう良いメーカー良い車両を、ユーザーはどうやって判断見極めをするのか?

アメリカやヨーロッパのユーザーは、いろいろな試験データ、性能データを「コンシューマーレポート(米)」や「アウトモーターシュポルト(独)」などの雑誌媒体とNCAPや口コミ等で判断見極めをしているようです。

日本でも昔はこういうハード方向の雑誌もあったようですが、今ではなくなったと思います。簡単に言うと、日本のユーザーは衝突などハード性能にあまり興味関心がないということなのでしょうか。大方のユーザーはクルマを購入する時「カタログ燃費」や「装備」…程度しか見ていないのかもしれません。

ユーザーはでき上がったクルマ商品を買って使う立場ですが、極端にいうと、一方でユーザーたちが良い、こうあるべきだと思うクルマをカーメーカーに開発させる立場でもあるのではないでしょうか? つまりそのクルマがどういう設計思想でつくられるべきなのか?テストモードだけでなく、リアルワールドまで考えられているか?

はっきりいって、日本のユーザーにこういう気持ちはないのではないかと思います。

今の日本の衝突安全基準や燃費・排気ガス基準等は日本なりに消化して定められていますが、元のコンセプトはアメリカやヨーロッパです。日本発の規格や基準で言うと、アメリカでは歩行者事故が少ないので研究されなかったのかもしれませんが、歩行者保護用のダミー人形を1998年に日本のホンダが開発したのはそういう意味で素晴らしいことと思います。

良いクルマやクルマ社会をつくるのは、遡ると私たちユーザーなんです。購入する時は、スタイリングやイメージだけでなく、構造・性能や使い勝手までをユーザーが理解していくことが、メーカーの技術開発にもつながりますし、自動車産業・業界の底上げにもつながり、ひいては国の力にもなって、最後はユーザー・国民に帰ってくるのです。

カーメーカーやお国に任せっぱなしでは、ユーザー・国民のためのクルマ社会はできないと思います。任せっきりにしないで、みんなで良いクルマ社会をつくりましょう。

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