Mr.舘内がヨーロッパ周遊の旅を終えて東京に戻り、しばらくするとEVスーパーセブンもまた長い旅を終えて東京に戻った。
久しぶりに会ったメインドライバーの寄本好則は、良く日焼けして、旅に出かける前よりも健康になったように見えた。都庁の玄関で、ささやかな到着式が執り行なわれた。そこにはロンドンから戻ったエッジ舘野を初めとして、EVオフローダーで南極点到達をめざすゴールデンアーム鈴本、厳冬期の北海道EVラリーの開催を計画する某自動車メーカーの山東と蕪沢、そしてEVスーパーセブンのドライバーとして参加した著名モータージャーナリストたちがいた。
EVスーパーセブンの旅報告会
その日の夜に、都内の某所で旅の簡単な報告会が開かれた。最初の挨拶は、この旅の仕掛け人であり、ドライバーも務めたMr.舘内が行なった。
「EVスーパーセブンの旅の目的は、現在の充電インフラでも十分にEVは使えることを証明することだった。そのために急速充電器だけを使って充電し、日本を1周した」と切り出し、概要を説明した。
そして、「EVスーパーセブンの1充電航続距離は、およそ100kmだ。たかだか100kmの航続距離で日本を1周できれば、航続距離が100kmを優に超えるあらゆる市販EVは現在の充電インフラで十分に使えることになる。それが主張したかった」と続けた。
だが、実際に旅に出てみると、実にさまざまな事象に出会い、見ず知らずの人たちと知り合いになり、地方の名産と出会った。旅とは、そうしたものであり、そうした魅力こそ人を旅へと誘うのだ。旅は、それがどんなに苦しいものであっても良いものであるというのが、Mr.舘内の感想であった。
もう少しゆっくり生きようぜ
報告会の内容は、次のようなものであった。EVスーパーセブンの旅は、2013年9月24日に経済産業省の中庭を出発して始まり、2013年11月18日に都庁に戻って終わった。56日間の旅であり、EVスーパーセブンの全走行距離は8160km。総充電回数は161回。総充電量は860kWhであった。
少し整理すると、1日の平均走行距離は145.7kmだ。これほどの距離であれば、ガソリン車だろうとEVだろうと、あっという間に走れる。場合によっては、通勤で走る人もいる。
だが充電器を探し、人に会って話しこみ、昼食を採り、写真を撮り、ときに雨に降られ、しかもそれを毎日繰り返すとなると、こんなものである。また、これくらいの距離にしておくと、旅が豊かになる。会う人の数も増え、旨いものに出会う機会も増え、良い景色を見ながらの一服にも味が出る。これを贅沢というのであれば、EVスーパーセブンの旅は、実に贅沢な旅であった。
今日の道路インフラと自動車の性能であれば、たとえ日本国内であっても、1日に1000km近く走るのは不可能ではないし、ましてや冒険ではない。会社を終えて、富山の港で旨い肴を食べようと出かけ、夜半に東京の自宅に戻ることもできないわけではない。これもまた、自動車が作った豊かさであり、贅沢だ。
EVスーパーセブンの旅では、とてもこのような超特急の旅の豊かさは味わえなかった。100kmごとに充電しなければならず、充電には少なくとも30分からの時間が必要だった。しかし、高性能グランツーリスモの旅とは違った豊かな旅であったことも事実である。EVスーパーセブンの旅の余禄といえば、あまりにも贅沢で豊かな余禄であった。
東京から旨い肴のある富山の漁港までの往復を可能にする高速の旅を手に入れた私たちは、ようやくEVスーパーセブンのようなのんびりした旅の意味と価値を見直せるようになった。1960年代から70年代までの高度成長時代とその余韻の残った時代では、「より速く、より遠くに、より快適に」が合い言葉であり、人は先を急いで競い合い、前だけを見て生きてきた。現在の中国やアジア諸国を見ていると、日本のそうした拡大、成長、快適を追求した時代を懐かしく思う。それも人生である。
だが、私たち先進国は十分に市場や産業を拡大し、経済を成長させ、暮らしを快適にしたのではないだろうか。そして、これ以上の拡大、成長、快適性の向上が、とても効率が悪く、資源を使い、環境に負荷をかけることを学びつつあるような気がする。
充電インフラは十分だ
EVでやっかいなのは、充電だ。EVスーパーセブンの旅では、161回の急速充電を行なった。総走行距離は8160kmなので、およそ51kmに1回充電したことになる。1充電での航続距離は100kmだから、その半分の距離で充電していたわけだ。
この旅の目的は、急速充電器の設置可能な場所を発見し、それをレポートし、「こんなに急速充電器はあるぞ」と世間に知らしめることであった。それで、たった1.5kmの間隔で充電したこともある。ちなみにもっとも充電間隔が離れたのは108kmであった。
航続距離からすれば、80ヶ所ほどの急速充電器があれば、EVスーパーセブンは日本1周、8160kmを走破できる。ただし、適切な間隔で、適切な場所に充電器があることが条件だが。さらに航続距離が200kmもあれば、40ヶ所の急速充電箇所で日本を1周できる。
ところで、燃料電池車のMIRAIでエコドライブすると、水素1充填でおよそ500km走れる。8160km走るには、16ヶ所の水素ステーションがあればよい。EVも、燃料電池車も、マスコミは「インフラが揃っていないから普及しない」と、あるいは「普及させるにはインフラの整備が不可欠だ」と騒ぎ立てるが、それは一面的な見方であることが、こうしてEVスーパーセブンで日本を1周してみると見えてくる。
もちろん燃料補給インフラの整備は不可欠だが、それがどのレベルで十分なのか、不十分なのか。わかっているわけではない。また、インフラを使う側の工夫次第で必要なインフラの規模も変わる。判断基準を持たないで、私たちは「インフラが、インフラが」とオウム返しをしているのではないだろうか。
いずれにしても、私たちはエンジン車と同じように使えない次世代車は普及しないと思っている。そう思うのは勝手だが、エンジン車は地球温暖化と石油問題で、いずれ使えなくなる。エンジン車に替わる次世代車が普及しないというのであれば、私たちは自動車なる移動の手段を手放さなければならない。なぜEVや燃料電池車などの脱石油型次世代車が必要なのかといえば、早晩、エンジン車が使えなくなるからなのだ。
もし、自動車を手放したくないのであれば、エンジン車と同等の利便性がないから使えないなどと赤ん坊のようにダダをこねていないで、EVや燃料電池車を上手に使う方法を考え、それに習熟しなければならないのではないか。そして、そのひとつの試みが、EVスーパーセブンによる日本1周の旅であった。
ゼロ・エミッションの旅
この旅には多くの発見があった。一番大きな発見は、この旅の大きな目的である「EVは使えるぞ」というものであり、「充電インフラは十分だ」というものであり、「そんなに急いでどこへ行く」という現代社会の落とし穴であり、新しい生き方への挑戦の必要性であった。
報告会が終わりに近づくと、ゴールデンアーム鈴本が東京のC2環状線の排気ガスを話題にした。それを受けてエッジ舘野がパリとロンドンの大気汚染を報告した。二人の話を聞いて、改めてこの旅がゼロ・エミッションの旅であったことを確認したのだった。21世紀に入って15年も経とうとしている今日、自動車と大気汚染の問題が論議されるようになるとは驚きであった。
カリフォルニア州では、第二次世界大戦の前から大気汚染防止法が施行されていた。それから紆余曲折を繰り返して、自動車の排気ガスも、工場からの排気ガスもクリーンになった。私たちは、もう誰一人として自動車が排気ガス問題を抱えているとは考えなくなって久しい。
排気ガス問題という亡霊を呼び出したのは、中国を筆頭とするアジア諸国であった。そこを走る自動車たちの排気ガスは必ずしもクリーンではなく、石炭を主たる燃料とする工場排気ガスは先進国がかつて経験した大気汚染時代のそのままである。
途上国のガソリンや軽油は、硫黄含有量が多い。日本でいえば1990年代のレベルであり、2000ppmを優に超える。そのために排気ガス浄化のために触媒を付けたとしても、すぐに使えなくなってしまう。まずは燃料の脱硫から始めなければアジア諸国の大気汚染は解決できず、中国からは黄砂とともにPM2.5が日本に飛んでくる。
長野県の白馬村では、ゼロ・エミッション観光の試みが進んでいる。昨年(2014年)にはEVとPHEVを集めたゼロ・エミッション・ツアーが行なわれた。村には常設の急速充電器、宿泊施設に設けられた200ボルトのコンセントの他に、臨時の急速充電器が2基と200ボルトのコンセントが15ヶ所設けられ、集まったEVとPHEVの充電が滞りなく行なわれた。
スイスの一大観光地のツェルマットでは、村内を走れるのは馬車とEVだけである。改めて自動車のゼロ・エミッション化を考えなければならないときが来たようだ。
これがEVスーパーセブン日本1周の旅の結論であった。