【舘内 端 連載コラム】第38回 環境とエネルギーをめぐる自動車の旅 その7 世界EV大変革 取り残される日本の自動車と自動車産業

■エコカー技術大国日本の盛衰

確かに90年代の後半から2000年代の日本はエコカー先進国であった。米国で2005年にプリウス・ブームが始まると、日本でもハイブリッド車が売れ始め、プリウスは販売台数トップに何度も輝いた。

舘内端コラム トヨタ プリウス 10型

だが、ハイブリッド車を真剣に開発、販売していたのはトヨタ1社であった。ホンダは初代プリウスに遅れること2年でインサイトを発売するが、コストが高くとても量産車と呼べるものではなかった。「ホンダにもハイブリッド車があります」と言いたいがためのクルマであった。初代プリウスも採算は厳しかったのは確かだが、2代目投入を決断する。ホンダ以外にも日産、三菱がハイブリッド車を開発したが、性能、コストなど採算性でめどが立たず、量産はいずれも見送られた。

一方、海外勢は、プリウスに懐疑的だった。ヨーロッパ勢は、エンジン回転と車速がマッチしないプリウスのCVT的な乗り心地を評価せず、さらに高速での燃費にメリットがないと断じていた。そして、ディーゼルにエコカーの軸足を置いたのだが、これがヨーロッパの主要都市に中国並みの大気汚染をもたらせることになるとは、だれも知らなかった。

舘内端コラム 2017年EPA複合燃費ランキング
2017年 EPA複合燃費ランキング

米国は、まったく自動車の環境対策に関心を示さなかった。だが、2004年近傍からガソリン価格が3~4倍へと高騰すると、燃費の良さからカリフォルニア州を中心にプリウスが売れ始めた。だが、それから現在に至るまで、エコカーはエコロジーカーではなく、エコノミーカーとして見られており、ガソリン価格が低下すると見向きもされない。

このあたりは、CO2削減競争ではなく、燃費競争を演じた日本と良く似ている。自動車メーカーとユーザーのクルマを見る目が同じであり、地球温暖化に関する意識の低さも似たようなものだ。

舘内端コラム 三菱i-MIEV

それは、2000年代の終わりに世界初の量産EVであるi-MiEV(2009年)が、翌年にリーフが発売されても状況は変わらなかった。しかし、ヨーロッパではルノーがいち早くEV化に着目するなど、EVのマグマが渦巻き始めた。

■ハイブリッド車の盛衰

1997年に初の量産ハイブリッド車であるプリウスが誕生すると、ヨーロッパは一斉に「ハイブリッド車よりディーゼル車」という論調を掲げた。主な理由は、プリウスの加速時の違和感と高速燃費の悪さだった。しかし、今から考えると、トヨタはそうしたヨーロッパの評価は想定していたようである。

米国のカーライフスタイルは、日本に比べれば1度の乗車時間も距離も長いが、ヨーロッパほどの高速走行はせず、この点は日本と似たり寄ったりである。日本国内に向けた乗り心地優先のクルマ造りをして、ボディサイズを広げれば米国向けのクルマになる。そのことを日本の大半の自動車メーカーは知っている。

最近の典型的な例が、水平対向エンジンの排気量を2.0L/2.5Lにし、ボディサイズを広げて米国のマーケットで売りまくったスバルの戦略である。

舘内端コラム フォードF150
2016年のアメリカでのベストセラーはV8エンジンを搭載する「フォードF150」

市街地走行と少々の高速走行での燃費を考えたプリウスのコンセプトは、日本と米国ピッタリであり、マーケットを考えればそれで十分であった。ヨーロッパ勢の「ハイブリッド車は高速燃費が悪い」という評価は、いわば余計なお世話だった。

そして、ヨーロッパ市場になかなか食い込めない国内勢の主な海外マーケットは、米国であったから、米国と日本で売れれば80点ということだったかもしれない。

しかし、そのヨーロッパがやがてガソリン車もディーゼル車も締め出すだけではなく、ハイブリッド車も認めなくなる可能性が出てくるとは、この時、トヨタの誰も予想だにしなかったのではないだろうか。

一方、プリウスの遊星歯車を使ったシリーズ・パラレル型のハイブリッド車の技術レベルは高く、開発にはかなりの時間と優れた技術者が必要だった。さらに、他社には量販車としての価格でおさまるようなコストではとても開発できなかった。世界に優れた技術をもつ自動車メーカーがいくつあろうと、この方式のハイブリッド車を量販価格で作れるのは、トヨタだけであった。

舘内端コラム トヨタ プリウスのハイブリッドシステム説明イラスト

これにホンダが食い下がったが、発売されたハイブリッド車=インサイトは、プリウスに比べようもなくシンプルな構造であった。車体をオール・アルミで作って徹底的に軽量化することで燃費を向上させるというコンセプトで作られたのだった。では、ヨーロッパ勢はどうだったか。

■ディーゼルの栄枯盛衰

ヨーロッパはディーゼル・エンジンの発祥の地である。ディーゼル・エンジンの精緻な構造と効率の高さ、そして低速トルクの強さは、1回の走行距離が長く、燃料の使用量が多いヨーロッパの人たちには人気が高かった。ドイツではほとんどのタクシーがメルセデスのディーゼル車であった。

舘内端コラム メルセデス・ベンツ C250 ブルーテック・ディーゼル
メルセデス・ベンツC250に搭載されるブルーテック・ディーゼル

2000年代の初頭に、フランス政府が軽油の税金を安くした。軽油を多く使うトラック業界、船舶業界、そして農民の票を集める選挙対策であったといわれた。この政策は、一般市民のディーゼル乗用車人気に火をつけた。瞬く間にディーゼル乗用車が売れ始め、これに目を付けたフランス、ドイツの自動車メーカーが、こぞって高性能ディーゼル車を開発、販売攻勢をかけた。

日本にもこうしたヨーロッパでのディーゼル車の販売の伸びは伝えられ、ディーゼル車の広告には必ずと言ってよいほど、「ヨーロッパでは販売台数の半分がディーゼルです」と書かれるようになった。

だが、排ガス規制が追い付かず、かつ規制が実施されても規制をくぐり抜ける違法行為によって、ヨーロッパの主要都市の大気汚染は深刻になり、PM2.5の濃度は、日によっては北京、上海並みとなった。

熱効率が高く、低速トルクが大きなディーゼル・エンジンだが、排ガスをクリーンにするのは難しい。NOxを少なくするとPMが増え、PMを削減するとNOxが増加し、両方を少なくすると燃費が悪化、パワーが出なくなってしまう。

これを解決するには高度な技術開発が必要かつ、燃料噴射装置、尿素タンクなど、コストの上昇が否めない。また、尿素タンク、大型の触媒、DPF等、排ガス浄化に必要な装備が大きく、小型車へのディーゼル・エンジンの搭載は不可能に近い。

結局、車体のスペースに余裕があり、コストアップも吸収できる大型の高級車にしかディーゼル・エンジンの活路はないのだが、そこに伏兵が現れた。プラグイン・ハイブリッド車である。

舘内端コラム メルセデス・ベンツ M654ディーゼル RWEに対応
実走行の排ガス「RWE」にも対応したメルセデス・ベンツのM654ディーゼル

しかも、EUの環境委員会は大型車向けのプラグイン・ハイブリッド車のCO2排出量計測に大きな恩典を与えた。プラグイン・ハイブリッド車なくしてEUの厳しいCO2規制はクリアできない。ディーゼルからプラグイン・ハイブリッド車へ。大きな改革の波がヨーロッパに押し寄せたのであった。

ハイブリッド車に立ち向かい、販売を伸ばしたディーゼル車であったが、どうやら命運は尽きたようだ。果たして、世界の自動車メーカーは、どんな解決策を見つけるのだろうか。それとも見つけられないのだろうか。

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