【舘内 端 連載コラム】第31回 環境とエネルギーをめぐる自動車の旅 その3 温暖化の現実と代替燃料

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代替燃料、バイオエタノールの先進国、ブラジルではエタノール燃料が一般的

先日、某誌の連載で米国製スポーツカーに試乗した。2メートルの車幅に、スーパーチャージャーを装備した6.0L V8型エンジンを収め、最高出力は600馬力のモンスターである。環境派と呼ばれる私が、うかつにもこのモンスターに涙してしまったのだ。

■アメリカンV8の快楽

もともとスポーツカー大好きで、レーシングカーのF2、GCカーを設計し、F1のエンジニアまでやった私が知らなかったのは、それらの速いクルマの本当の楽しさであった。ただ、排気音にしびれ、(外から見る)スピードの速さにうっとりとしていただけであった。そして、とんでもない勘違いをしていたのだった。

上記のアメリカンV8は、私の勘違いに一撃を食らわした。詳しくは某誌(モーターマガジン)の私の連載をお読みいただきたい。

上記のレーシングカーで、いつもドライバーから注文を付けられたのは、陳腐な言い方で言えば、レスポンスであった。彼らは、エンジンの「つきが悪い」とか、「タイヤの跳ね返りが悪い」とか、「フレームが言うことを聞かない」というのだった。

正直にいうと、半分わかって、半分はチンプンカンプンだった。「ドライバーって動物語をしゃべる」と思っていた。しかし、とても重要なことを言っていたのだ。それは人間というよりも、全生物が「生きる」ことの真髄を言い当てていたからだ。

それは、また別の機会にお話するとして、自動車の本当の楽しさが分れば、私たちは21世紀にふさわしい自動車の楽しみ方を手に入れられる。

本当の楽しさとは、21世紀に生き残れるような楽しみ方を味わうことだろうと思う。それには、自動車の抱える大きな問題を、まずは知っておく必要がありそうだ。

■頭の痛い地球温暖化
自動車はCO2をまき散らす。そのCO2は地球を温暖にしてしまう。能天気にスポーツカーに乗ってCO2をばら撒いているわけにはいかない。つまり、大人になってモノを知るほどに自動車は楽しめなくなるということだ。だが、私はスポーツカーがないと生きていけない。

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地球温暖化というが、実際には「温暖」なのはほんの一部の地域で、北極に近いほど温度上昇率は高く、日本は亜熱帯からさらに熱帯になる。夏は酷暑が当たり前になり、海面は上昇し、モルディブ、ツバルは海面下になってしまう。乾燥地域はますます乾燥し、カリフォルニア州は森林火災に襲われる回数が増え、雨が多い地域はますます雨が降り、インド、フィリピン、インドネシア、ラオス、カンボジアは、洪水に見舞われる頻度が高まる。

そして、アジアといわず米国もヨーロッパもたびたび豪雨に襲われ、台風は対策の脆弱な地域を襲う。たとえば2005年、フロリダのニューオリンズを襲った強大なハリケーン(日本では台風)カトリーナは、一晩でニューオリンズを巨大な湖にしてしまった。避難者は20万人以上に及んだ。だか、これは地球温暖化の脅威の序章に過ぎない。

現在のCO2濃度は400ppmだが450ppmを超えると、地球はこれまでの温暖な気候に戻れない。だが、CO2濃度の上昇率が高まっている。現在は1年に2~3ppmも増えている。この勢いで増えると、17~25年で、つまり2033年から2041年までに危険水域の450ppmを超えてしまう。

大気中のCO2濃度と地球の平均気温の上昇割合には深い関係がある。南極の氷の柱=氷柱コアを調べると、18世紀から19世紀にかけて起きた産業革命以降、CO2濃度が徐々に、そして急速に増えていることがわかった。

一方、年輪やサンゴの成長線、氷柱コアの同位体の測定などによる過去2000年に渡る気温の測定は、明らかに産業革命以降に急激に上昇していることを示している。

このような研究によってCO2濃度と気温の変化には密接な関係があることが分り、かつ産業革命以降の気温に比べると、現在はプラス0.85度Cも上昇していることが判明した。そして、プラス2度Cを超えると、地球温暖化はもう止まることはなく、温暖化が温暖化を呼ぶ悪魔の循環に入る。

たとえば、アラカスやシベリアでは、永久凍土が解け始めているが、その下には大量のCO2が溜まっていて、その放出が始まり、その結果、地球温暖化が進み、さらに下部にあるメタンが放出されている。メタンはCO2の20倍もの温室効果をもつので、ますます凍土は融け、ますますCO2が放出され、ますますメタンが放出され、地球温暖化が進むという悪魔の循環は、すでに始まっている。

こうしたことを3000人を超える世界の気象学者が国連の研究機関であるIPCC(気候変動に関する政府間パネル)で研究している。最近の研究では、今世紀末に地球の平均気温は2度Cから4.6度Cも上昇するという。どうやら世紀末に地球は高温地獄になりそうだ。

■もう始まっている日本の気温上昇

平均気温のプラス2度Cを侮ってはいけない。たとえば、1994年に猛暑が日本を襲ったが、この年の年平均気温は平均よりもたった1度C高かっただけなのである。

この年の猛暑日連続日数は、大分県日田市が22日間で歴代全国最長日数だった。この記録はいまだにどこにも抜かれていない。また、猛暑日年間日数は、45日間 が同じく日田市、41日間が熊本市、40日間が岡山県久世町であった。

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気象庁が観測したCO2濃度の変遷

さらに、1日の最高気温の月平均温度は、日田市が36.0度C、岐阜県多治見市が35.7度C、佐賀市が35.4度C、その他10市でいずれも35度Cを超えた。これは、1カ月の最高気温がほとんど毎日35度Cを超えていたということに近い。猛暑でなくてなんであろう。

もっともそれから22年、こうした猛暑は当たり前になっており、94年当時にはあまり見られなかった豪雨が、夏に限らずあらゆる季節で日本各地を襲うようになった。確実に、気候は私たちにとって都合の悪い方に変わっている。

■バイオ燃料で自動車快楽生活は過ごせるか
自動車は、石油、天然ガス、石炭(液化石炭)の化石燃料を燃料とする限り、CO2を排出してしまう。したがって、これらの化石燃料以外の燃料で走れば、いつでもアクセル全開の自動車酒池肉林生活が送れる。

そこで有望視されている次世代車が、電気自動車と燃料電池車である。あるいはエンジン自動車でもバイオ燃料であれば、CO2フリーだ。でも、本当だろうか。

ブラジルのガソリンスタンド。エタノール燃料が主流
ブラジルのガソリンスタンド。サトウキビ由来のエタノール燃料が主流

たとえば、火力発電であれば電気自動車というえども発電時に排出するCO2から免れるわけではない。同様に燃料電池車も、燃料である水素を水の電気分解で製造するのであれば同様である。

水電気分解方式の水素を使うのであれば、燃料電池車は電気自動車に比べて4倍からのCO2を排出する。電気自動車に比べて効率が高くないからだ。

また、バイオ燃料を製造するにもエネルギーが必要である。これを火力発電の電気で賄えば、やはりCO2を排出する。サトウキビを使うバイオ燃料では、サトウキビの生産からエタノールの製造の際のエネルギー効率を低めなければならない。

エタノール燃料「E3」、「E10」の製造
エタノール燃料「E3」、「E10」の製造

ちなみに宮古島で行われたバイオ燃料製造実証試験では、サトウキビの糖みつを原料としたバイオエタノールを生産した。

宮古島の糖みつの年間生産量は7000トンである。この糖みつ1トンから250リットルのバイオエタノールが生産できる。したがって、宮古島のサトウキビから生産可能なバイオエタノールの量は、年間1750キロリットルである。

地産地消実証プロジェクト
宮古島では「エネルギーの地産地消」実証実験プロジェクト(バイオエタノール・アイランド構想)を実施し、サトウキビの糖蜜からエタノールを製造

これが宮古島の自動車の何パーセントを走らせられるだろうか。ちなみに宮古島のガソリン自動車の保有台数は2万台で、年間のガソリン消費量は2万5000キロリットルである。

年間に消費されたガソリンが2万5,000キロリットルだったのに対して、宮古島で年間に生産できるバイオエタノールは1750キロリットルであるから(比は14.3倍)、バイオエタノールではとても宮古島のガソリン車は賄いきれない。

■バイオ燃料じゃムリだ

もう少し詳しく調べてみよう。ガソリンとエタノールでは、同じ重さで発生する熱量も、同じ体積の重さ(比重)も違うので、これらを比べてみる。

ガソリンとエタノールの発生する熱量の比は、10500キロカロリー/キログラム対6400キロカロリー/キログラムで、およそ1.6倍である。ガソリンの方が同じ重さであればエタノールよりも1.6倍もの多くの熱を発生する。

そこで、宮古島で生産できるバイオエタノール1750キロリットルを重さに換算する。エタノールの比重を0.79とすると、1750キロリットルは1383キログラムとなる。一方、ガソリン2万5000キロリットは比重を0.75とすると1万8750キログラムになる。

沖縄精糖宮古島工場
エタノールを精製する沖縄精糖・宮古島工場

その結果、宮古島で消費されるガソリンと生産可能なエタノールの重さの比は1万8750対1383=13.6だ。つまり、宮古島で2万台のエタノール車を走らせるには、バイオメタノールを現在の13.6倍必要だということになる。

それは不可能なので、逆に生産できるバイオエタノールで走らせられる自動車の台数を計算すると、2万台の13.6分の1の1470台ほどとなる。

バイオ燃料にも石油代替燃料の可能性がないわけではないが、どうしても液体燃料の必要な、たとえば航空機に限るとか限定した方が良いだろう。2020年には15億台にもなる自動車の燃料として期待するのは無理だ。

■廃液も問題だ

さらにサトウキビからエタノールを製造する際に生まれる蒸留残さ液の問題もある。糖みつを原料としてエタノールを製造すると、蒸留・濃縮の過程で、エタノール1リットルに対し15リットルもの蒸留残さ液が発生する。この液には15万ppm程度のBOD(生物学的酸素消費量)があるため、直接海洋に流せない。 この大量に発生する蒸留廃液の処理は、環境保全面で大きな課題である。

宮古島
ガソリンタンク(右)とエタノールタンク(左)。エタノールをガソリンに3%混合した「E3」を宮古島内にある4ヶ所のガソリンスタンドで販売。E10の実証実験も実施予定

また、糖みつは、糖分およびミネラルを豊富に含む。その回収工程で黒色色素が生じる。これは分解処理が困難だ。宮古島の実証試験場のため池に溜まった黒色液は、ほぼ無償で飼料会社に引き取られ、島外に搬出されている。

バイオ燃料で自動車はCO2フリーで走れないわけではない。しかし、製造時に発生するCO2と、生産量について、精査する必要がある。軽々には論じられない。ユーザーに要らぬ期待を持たせてしまうとすれば、問題である。

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