新型のプリウス・プラグイン・ハイブリッド(PHV)が2016年のニューヨーク・モーターショーで発表された。日米欧で今秋に発売されるという。ニュースとしては、これだけの情報で十分かもしれない。しかし、新型プリウスPHVの発表は、今後の日本と世界の自動車の構図をも変えるきわめて重大な出来事なのである。それは、なぜか。
自動車そのものと自動車産業を変革させる要因は、地球温暖化という環境問題と石油というエネルギー問題である。この2つの問題を真に解決するには、自動車の電動化が必須であり、電動化された自動車の燃料は、自然再生可能エネルギーに尽きる。
現在は、そこに向かう第一歩を踏み出したところに過ぎない。それにもかかわらず、すでに電動化対策に後れを見せているカーメーカーもある。この2つの問題に真摯に向き合わなければ、自動車は生き残れず、そのカーメーカーは生き残れない。こうしたことについては、回を追って詳述しよう。
さて、4代目のプリウスは2015年秋に発表、発売された。このときは、まだプラグイン・ハイブリッド車の存在は影もなかった。ようやく時機到来とトヨタは読んだのだろうか。
プリウスPHVは、3代目にも存在した。ただし、航続距離は短く、エンジンで充電できるわけではなく、外部の電源(電気コンセント)から充電するしかなく、使い勝手はいま一つだった。
しかし、意味がなかったわけではなく、日本ではたいして売れなかったが、海外ではそこそこ売れたので(およそ7万台)、世界を網羅する市場調査ができたのであった。何事にも慎重な(したがって二番煎じに陥ることが多い)トヨタは、新しいカテゴリーの自動車を発売するのにこれまで以上に慎重だった。
トヨタの最大の関心ごとは、つまり市場調査の目玉は、プラグイン・ハイブリッド車の電気で走れる航続距離であった。ちなみに初代のプリウスPHVは20数kmであった。
航続距離は、搭載する電池の電気容量でほぼ決まる。もちろんたくさん積めばたくさん走れるが、電池の性能が低くては大きくて重くなり、自動車として成り立たない。
市場がより長い航続距離を求めるのであれば、高性能な電池を開発しなければならない。つまり、トヨタにとっての最大の関心は、電池性能なのであった。市場調査の結果は知る由もないが、おそらく20数km程度では十分ではないというものであったのだろう。そうなると、高性能な電池を開発しなければならない。
その場合の選択肢は2つだ。ひとつは電池メーカーに開発を依頼し、購入するというものである。二つめは、自社開発だ。前者は比較的容易ではあるが、実績のある世界の電池メーカーは、そのほとんどがカーメーカーと契約済みであり、そこに割って入るのは至難である。しかし、カーメーカーが自社で新型電池を開発するのは、技術的にほとんど不可能である。ただし、可能になれば将来にとてつもない売り上げが約束される。果たしてトヨタはどちらの道を選んだのだろうか。
■ドイツからの黒船来襲
プラグイン・ハイブリッド車(PHEVあるいはPHV)の開発は、日米欧でほぼ同時に始まった。しかし、性能と発売モデルの数で先行しているのはドイツである。日本は5年遅れたといってよい。
プラグイン・ハイブリッド車の波にいち早く反応したのは、トヨタであり、ホンダであった。しかし、いずれも市場の求める性能には及ばず、三菱自動車が渾身の力で発売したアウトランダーPHEVの前に敗退せざるを得なかった。主たる原因は電池の開発、性能と本気度だった。
2008年に本格的電気自動車であるi-MiEVを発表し、09年に量産、発売した三菱自動車は、自動車の電動化に賭けていた。それだけにプラグイン・ハイブリッド車の波を真剣に捉え、i-MiEVによる確実な市場調査を踏まえ、生き残りを賭けて本格的なプラグイン・ハイブリッド車であるアウトランダーPHVを発売し、成功しつつある。
一方、トヨタとホンダは、ハイブリッド車をすでに持ち、本格的な電動化にいまひとつ踏み切れずにいた。またトヨタは燃料電池車こそ次世代車の本流という勢力が優勢であり、EVやPHVの開発が滞っていた面もあった。
一方、ヨーロッパとくにドイツ勢は、年々きびしくなるEUのCO2規制を前に、ディーゼルで当面をしのぎ、その間に次世代電池を開発し、EUの規制内容に沿ってEVとPHEVを投入すべく準備を怠らなかった。ダイムラー・ベンツは、S550eを皮切りにS350eを発売し、2017年までに計10車種のPHEVを発売する。
一方、BMWはスポーツカーのi8を皮切りに、X5 PHEV、225xePHEV、330ePHEVをすでに日本で発売し、今秋にはフラッグシップの7シリーズのPHEVを加える。ちなみに、これらにi3、i3レンジエクステンダーを加えると、BMWの電動モデルは7車種となる。
またフォルクスワーゲンはe-up! 、e-ゴルフの導入は延期になったが、ゴルフのPHEVモデルであるゴルフGTEを投入した。さらに同じグループのアウディはA3 e-tron、ポルシェはカイエンPHEV、パナメーラPHEVを用意している。北欧にも電動化の波は押し寄せている。スウェーデンのボルボは、先ほど大型SUVのCX90にPHEVを投入した。
これらのヨーロッパからの黒船を迎える日本の本格的なPHEV(PHV)は、アウトランダーPHEVと今秋に発売になるプリウスPHVのみである。日本沈没は、電機業界だけではなさそうだ。
■立ちはだかるZEV規制
米国のカリフォルニア州では、2018年モデルから販売台数の4.5%をEVあるいはPHEVにしなければならず(ZEV規制)、2024年モデルではこの割合が19.5%となる。これを少ないと思ってはならない。19.5%とは、新車の5台に1台をEVあるいはPHVにしなければならないということなのだから。
たとえば2014年のカリフォルニア州におけるトヨタの販売台数は35万8614台である(CARB調べ)。この4.5%は1万6137台であり、19.5%は6万9929台である。このうちプラグイン・ハイブリッド車は18年モデルで8965台、EVは7172台。24年モデルではPHVが3846台、EVが6万6083台とEVの比率が増える。
2018年モデルとして要求されるEVの7172台をすべて燃料電池車MIRAIで賄うとすると、現在の生産台数である700台を1年半ほどで10倍に引き上げなければならない。もちろん、その数に伴う水素ステーションの整備も必要だ。トヨタもまたEVを開発、販売しなければならず、テスラに端を発するEV戦争に巻き込まれざるを得ない。
ただし、トヨタはカリフォルニア州でたくさんのハイブリッド車=プリウスを販売してきたので、18年にはEV、PHVの義務販売台数が少なくてすみ、上記の数字にはならない。また、ZEV規制の内容は非常に入り組んでおり、必ずしも上記の台数がそのまま規制台数になるとは限らない。
ZEV規制は、カリフォルニア州を含めて全米の10州に広がる。この10州で販売台数の3割を占める(日本経済新聞)。トヨタの2014年の全米の販売台数をおよそ240万台と見積もると、上記10州の合計販売台数は72万台に上る。したがってEV、PHVの販売義務台数は18年モデルで3万台余り、24年モデルでは14万台となる。ちなみに日産リーフの発売から5年間の世界販売台数はおよそ17万台である。
これだけ見ても、いかに大変なことにトヨタが立ち向かおうとしているかがわかる。いや、EVやPHVを売らなければならないのは、アメリカだけではない。いまや、規制は世界に広がりつつある。
■トヨタの新型電池開発
今後のカーメーカーの浮沈を決定するのは、エンジン技術でも燃料電池技術でもない。電池技術である。いや、電池開発の成否はカーメーカーどころかその国、地域の経済の浮沈の鍵を握る。現在、自社あるいは電池メーカーの電池を使いこなしていないカーメーカーの2020年における経営基盤はきわめて脆弱となるだろう。
その背景にあるのは、世界に広がるCO2規制と石油需給の逼迫というエネルギー問題である。これについては、回を追って述べる予定である。トヨタは、このことをどのメーカーよりも良く知っていた。しかし、外部から見ている限り、トヨタの次世代車戦略の主力は燃料電池車であり、その普及まではハイブリッド車でつなぐというものであった。だが、燃料電池車の性能は思ったほど高くはなく、水素ステーションの設置には思わぬ苦労をし、水素の生産もコストも現在はまだ筋道さえ立っていない。そうした状況の中、EVとPHV開発推進派の勢いが増したことは確かではないだろうか。
EV、PHV(実は燃料電池車も)の開発におけるキー・テクノロジーは電池である。もちろん、この場合の電池とはリチウムイオン電池だ。4代目プリウスの大半に搭載されるニッケル水素電池は、ハイブリッド車が限界であり、EV、PHVに使うには大きくて、重くて、電気容量がまったく足りない。
さて、現行の最先端リチウムイオン電池の性能は、1kgの重さで150Wh(ワット時)の電力量を蓄えられるものである。これは10kgを搭載するとおよそ150km走れる性能だ。これが1~2年で1.3倍の200Wh/kgになる。その結果、EVの航続距離は300kmから350kmになる。テスラ・モデル3、GMボルトのEVモデル、次世代リーフ、e-ゴルフなど16年から17年に登場するEVの電池は、みなこのような2世代目リチウムイオン電池とよばれるものである。
果たして、新型プリウス・プラグイン・ハイブリッド車の電池はいかなる性能か。その詳細は今秋に待たなければならないだろう。ただし、トヨタは東京工業大学と共同で充電時間がたった1分で、1000回もの充放電を繰り返しても性能劣化はまったくないという固体型電池の開発に成功したと報じられている。この電池であれば、30万kmから40万km走っても劣化しないということなので、場合によっては祖父、親、子供という三世代で使える。
こうした次世代車をめぐる話題と、その根底に広がる環境・エネルギー問題をめぐる旅をこれからも続けて行こう。