海峡荘の男
EVスーパー・セブンで急速充電器をめぐる旅を続ける寄本好則は、函館からフェリーで大間に着いた。再び本州の旅を始める。
大間はマグロが旨い。だが、釣れた大間マグロをそのまま食べさせてくれる店は少ない。マグロの大半は大消費地の東京に運ばれてしまう。
寄本が泊まる予定の海峡荘は違う。寄本は取材で海峡荘を知っていた。大間のマグロを「これでもか」と食べさせる。函館から青森に渡ることもできたが、マグロにつられて海峡荘に泊まることにした。海峡荘は、大間港からクルマで数分の所にある。本館は明るく派手な緑色に塗ってある。だれでもすぐにわかるはずだ。
宿の近くには大間崎があり、そこには「まぐろ一本釣りの町 おおま」という石碑と、漁師の太い腕とまぐろをかたどった彫刻がある。大間はマグロの町である。海峡荘は海鮮料理、とくにマグロが旨い。その噂さは遠く東京まで伝わっている。この日も青森から300kmを走って来る馴染みの客がいるということだ。
本州の最北端、下北半島の突端にある海峡荘に着くと、なんと山東がいた。北海道で電気自動車のテストを終え、再び本州に渡って今日はむつ市から来たという。むつ市から南にしばらく走ると六ヶ所村がある。77基の風力発電機があり、石油備蓄基地もあり、そして使用済み核燃料の再処理工場がある。日本のエネルギーのデパートのような六ヶ所村で、エネルギーを考えるフォーラムがあり、それを傍聴していたということだった。
EVにかかわると、不思議にエネルギーに関心が湧く。山東も、EVの開発を始めるとエネルギー問題に関心を持った。EVは静かである。EVは臭くない。EVはアクセルに忠実に走る。すべてがナチュラル(自然)だ。EVに乗ると、からだが自然に回帰する。そのからだが、EVの燃料として風力や太陽光など、自然なものを求めるようになるのだろう。
ずんぐりした男
海峡荘にはずんぐりむっくりした丸顔の小柄で太った男が、待合室の少しくたびれたソファーに座っていた。歳の頃は40代の後半か。ぎょろりとした目で寄本を見つめていた。腹は寄本よりも出ている。似た体形だが、その点で「勝った」と寄本は妙な安心感をもった。男の名前は、ゴールデンアーム鈴本といった。
「鈴本です。オフロード四駆やってます」。関西弁のイントネーションだ。訊くと京都だという。箱屋をやっているということだが、老舗の菓子屋のあの美しい菓子箱の製造である。老舗の箱屋の若旦那だった。
鈴本はやたらの四駆使いではなかった。スマトラのジャングル、アマゾン流域のジャングルと、世界のオフロードを駆け巡っていた。いわば四駆のプロである。ゴールデンアームというニックネームは、スマトラのジャングルでスタックした競技車両を、鈴本が腕で引っ張り上げたエピソードから名付けられたということだ。たぶん、ウソだ。
山東は、厳冬期北海道EVラリーの件で鈴本に合わせたいと言ったのだが、寄本には四駆とジャングルとEVがどう結びつくのか理解できなかった。ましてや熱帯のジャングルと厳冬期の北海道に関係などあるのだろうか。寄本は、得意げにしゃべるくりくりした鈴本を見つめた。そして、鈴本の眼の奥に自動車好きの光が宿っているのを見逃さなかった。「この男。やるな」そう直感した。寄本は、鈴本には自分と同質の体液が流れていることを発見した。
ヨーロッパが攻め込んでくる
夕食は、海峡荘の自慢のマグロ料理にした。大間産の生マグロの赤身、中トロ、大トロに始まり、はまぐり、あわび、ウニと、揃えられるだけの海鮮料理が並べられた。その旨さにみな押し黙って、しばらく箸を運んだ。 突然、思いついたように山東が話し始めた。
「寄本さんもご存じだと思いますが、ヨーロッパのカーメーカーがガンガンEVを開発しているじゃないですか。来年(2014年)の春にはBMWのi3が、それから年の瀬にはフォルクスワーゲンのe-up!とe-golfが日本で発売になる。15年にはアウディからA3のPHEVが出る。ポルシェはPHEVの918スパイダーをフランクフルトモーターショーに出した。それどころかフォルクスワーゲン・グループは、2年間で12車種のEV、PHEVを出すといっていますよ」
山東はそこまで一気に話すと、ぐびっとビールを飲み、話を続けた。「ヨーロッパではCO2規制がもろきつくなって、電化してCO2を減らさないと高額の罰金を払うことになる。自動車メーカーには屈辱ですよ。罰金を払うのは」
「知ってますよ。台風のようにヨーロッパからEVが来るんでしょ。トヨタとホンダがEV出さないと、国内でヨーロッパ製EVの方が多くなって、日本はボコボコにされる」寄本は、山東の言うことに相槌を打った。山東が続ける。
「EUの2025年のCO2規制は1km走って70gという規制ですよ。日本流に直すとリッターあたり42kmですからね。とんでもないですよ。リッター30kmだって軽自動車が威張っているけど、いまのうちだけ。こうなるとさすがのプリウスもクリアーできないんだから。EUモードでプリウスのCO2を測定すると89gなんです。欧州の環境委員会は、エンジンにこだわっていないで、早くEVにしろと言いたいんでしょ、きっと」山東は、箸を止めたままヨーロッパ勢の日本への侵攻ぶりを「このままでは日本が危ない」とでも言いたげに語った。
米国の電気自動車強制導入法
そこにゴールデンアーム鈴本が口をはさんだ。米国ではとんでもない電気自動車地震が起きているという。どうやらEVムーブメントの震源地は米国であるらしい。「めちゃくちゃですよ。アメリカは。ZEV規制をはんぱじゃなく強めて、アメリカ中でEVを走らせる気ですねん」
ZEV規制とは、ゼロ・エミッション・ビークル規制のこと。エミッションは排気のことだから、排ガスがゼロのビークル、つまり無排ガス自動車を売りなさいという法律だ。それが可能なのは、電気自動車と燃料電池車しかない。燃料電池車は21世紀の後半の話だから、関係者の間ではZEV規制は電気自動車強制導入法といわれている。
「これまではアメリカのビッグ・スリーのGMとフォードとクライスラー、それから日本のビッグスリーのトヨタ、日産、ホンダしかZEV規制に抵触しなかった。2018年からは、日本のマツダも富士重工も、それから韓国の現代と起亜も。さらにヨーロッパ勢ではVWにBMWにベンツが規制対象メーカーになる。しかも販売義務台数の割合が、これまでの3%から4.5%へ、20年には9.5%、25年には22.5%になる」
鈴本は、「だからEVがいやでも普及するんじゃ」とでも言いたげに、嬉しそうな顔をしてニヤニヤしながら話した。「18年といっても、モデルイヤーだから17年には販売しないといけないんでしょ? 開発期間は3年しかない。電気自動車を開発していないマツダはどたばたじゃないですか」
寄本は自分のことのようにマツダを心配した。米国ではさほど自動車を売って来なかったマツダだが、ここにきて米国販売が好調に推移していた。「EVで先行している某社のエンジニアが広島に指導にいっている」山東がぼそっといった。
「某社って、あんたのところじゃないの? ハイブリッド技術をもらったトヨタはEV用の電池はもってないし、EVの電池制御技術知らないでしょ? マツダとしてもEVじゃトヨタは頼りにならない」鈴本がぐさっと突っ込むと、「ご想像にお任せます」と山東が答えた。某社とは山東の会社に違いなかった。
「スバルはどうするのよ? 」 寄本が訊くと、
「スバルはR1eという実験車を開発して、販売直前までいった。トヨタの資本が入ったからか、開発が止まってしまったが、PHEVでZEV規制をクリアーすると言ってますよ」山東が「これって公式発表です」と加えて言った。
山東が言うには、PHEVでもエンジンを動かさず電気動力だけで50kmほど走れれば、ZEV相当車として認定されるということだ。PHEVを10台販売するとEVを1台売ったことになるとか、そうした優遇処置もあるという。
「スバルもマツダと同様にというか、マツダ以上にアメリカで販売を伸ばしている。90年代の初めは6万台だったが、今は40万台。カリフォルニア州では年間4万5000台ほど売っている。その4.5%というと2000台ほどだ。しかし、PHVとなるとその何倍も売らないといけない」山東がスバルの置かれている厳しい状況を説明した。
「もっと大変な話、しましょか? 」ゴールデンアーム鈴本がまた嬉しそうに話に加わった。
「ZEV規制は、カリフォルニア州だけじゃないんよ。アリゾナ、コネチカット、メイン、オレゴン、ニューヨークって、全部で12州に広がるねん。全米に広がると2022年には300万台近いEVを販売しないといけなくなる。PHEVならさらに台数は増える」「これは凄いわ。世の中、変わるね」寄本は、鈴本や山東の話を聞いて、2020年頃には世界は大きく変わると確信した。
3人の話は弾んだ。そして、厳冬期北海道EVラリーに、その前哨戦であるEVラリー白馬への話題へと向かった。そこに山東が口をはさんだ。「日本EVクラブさんは、EVラリー白馬でギネス取るんでしょ? ヨーロッパじゃすでに492台のEV集めたラリーやってますよ。ギネス更新したってことです」
とんでもない話である。だったら500台近いEVを白馬に集めないとギネスは取れない…さあどうする。続きは次回に。
2020年への旅 スーパーセブンに聞け 第8話
2020年への旅 スーパーセブンに聞け 第6話
日本EVクラブ公式サイト