「ついに開催か! 厳冬期北海道EVラリー」
電気自動車に改造したスーパーセブンによる日本1周の旅は、2013年9月24日に東京を出発して、ようやく9月29日の夜8時に北海道の苫小牧に着いた。もっとも「ようやく」というのは、この旅をハラハラドキドキ見守っていた日本EVクラブの事務局の話であって、EVスーパーセブンのドライバーである寄本は、けっこう楽しんでいたようだった。
その彼から、興味深い話が伝わってきた。厳冬期の北海道で電気自動車によるラリーが行なわれるというのだ。しかも世界選手権だという。そんな話は聞いたことがない。
彼=寄本は地元ガールGMTGの歌うEVスーパーセブン音頭に見送られて、9月29日に八戸発13時の川崎近海汽船のフェリー、シルバークィーンに乗った。同日20時15分に苫小牧に着く予定だった。フェリーにEVスーパーセブンを載せてしまえば、あとは何もすることはない。メインドライバーの寄本は、旅のブログを手早くまとめクラブの事務局に送ると、展望浴室に向かった。
全長134m、総トン数7005トンと大きな船体のシルバークィーンには、海が一望できる浴室があった。洗い場は10箇所ほどと、それほど大きな浴室ではない。混む前にと、寄本は早めに湯に浸かった。海の上で浸かる湯は格別だった。大きな海原に立つ白い波頭をながめ、寄本は旅の疲れを癒した。
肩まで湯に浸かった寄本の耳に、洗い場から声が聞こえた。風呂場特有の反響で、よく聞き取れなかったが、「電気自動車で北海道を1周するラリーがある」、「真冬だからそうとうに厳しい」、「1周するっていうけれど、2400km近くある。電気自動車で走れるのか」といった話が、湯気の中から切れ切れに聞こえてきた。「えっ。えっ。なにそれ?」。寄本は耳をそばだてたが、はっきり聞こえず、苛ついた。
電気自動車に惚れ込んで20年。今は、その電気自動車で、しかも自分たちで改造したスポーツEVで日本1周をしている寄本にすれば、その続きはどうしても聞きたかった。それにライターとして鍛えた取材魂もぬくぬくと頭をもたげた。居ても立ってもいられず手早くからだを洗って浴室から出た寄本は、さっそく先ほど電気自動車ラリーの話をしていたとおぼしき2人に声をかけた。
ドライヤーで髪を乾かしていた1人が、「おお」と答えて、振り返った。歳は40歳前半、色は浅黒く、目は鋭かったが、どこか親しみのわく男だった。「こいつは自動車好きだな」。寄本は男が発する自分とよく似た周波数から、そう直感した。
「電気自動車で日本一周してるんですよ」
寄本がそういうと、「知っているよ。EVスーパーセブンだろう。いよいよ北海道上陸かい?」と男が逆に訊ねてきた。どうやら旅のことを知っているらしい。寄本はほっとした。それなら話がとんとん拍子で進むからだ。スーパーセブンのオーラのおかげであった。
湯船で聞いた北海道電気自動車ラリーらしき話をぜひ聞かせてくれと頼むと、男は「いいよ」と快く答えた。一言、二言話すと、「ここじゃあなんだから、昼飯でも食いながら…」ということになり、フェリーにあるオートレストランで待ち合わせをすることになった。
■カミングアウト
寄本は湯上りの髪を整え、胸躍らせて約束の時間のずっと前にレストランに向かった。24時間使えるというそのレストランは、床も壁も天井もウッドで小奇麗にまとめられていた。海の見える窓側の席に座って待った。寄本は落ち着かなかった。早く彼らの話が聞きたかった。テーブルに置かれたコップの水を飲んだり、海を見たりと、所在なかった。
やがて、ジーンズにTシャツ姿の2人が現れた。「サラリーマンではないな」。着ている服と、身のこなしからそう思った。しかし、寄本の予想は外れた。2人は某自動車メーカーの動力性能試験担当で、しかも電気自動車のテストで来たという。苫小牧からは自走で内陸のテストコースに向かうというが、実はそこが彼らの仕事場であった。北海道に腰を据えて電気自動車を開発していたのだった。現場仕事の彼らは、机仕事のサラリーマンとは違う軽快なフットワーク感を醸し出していた。寄本は、そんな2人を好ましく思った。
寄本がEVスーパーセブンのドライバーだと知った今、まるで昔の仲間に出会ったかのように、2人は安心して話し出した。その安心しきった顔を見て、寄本は電気自動車の不思議な磁力に改めて驚いた。電気自動車は、こうしてあっというまに人々を惹きつけ、胸襟を開かせ、仲間にしてしまうのだ。40歳前半の中肉中背で鋭い目つきの男は、山東といった。性能試験の主任であった。目の光からも、電気自動車開発に対する強い自信が伺えた。
もう一人は30歳半ばであった。痩せて背が高く色白で目がキラキラしていた。蕪沢と名乗るその男は、寄本がEVスーパーセブンのドライバーということがわかって安心したのか、「電気自動車が好きでたまらないんです」とカミングアウトした。
「そんなこと告白すると、社内でシカトされませんか」と寄本が聞くと、「社内では言いません」という。電気自動車派はまだまだ少数である。自動車開発の実権はエンジン派が握っている。電気自動車派であることの表明は、社内の権力構造にたてつくことであった。いわば反原発派であることの表明と同じで、勇気のいることなのだ。
■北海道発「冬に強い電気自動車」
彼ら2人の話をまとめると、こうだと寄本はいった。多くのラリーファンに惜しまれながら、北海道のエンジン自動車による世界ラリー選手権、WRCは中止になってしまった。しかし、環境に対応可能な電気自動車であれば可能ではないかと、ラリー好きの有志が声を上げ始めたという。しかも、厳冬期に開催すれば、技術開発が進み、電気自動車の弱点の克服にもつながる。冬場の北海道の観光開発と、電気自動車の弱点の克服。厳冬期北海道EVラリーの話は、尾ひれ、背びれがついて、またたくまに北海道のラリー好き、電気自動車好きに広まった。
現在、経済産業省所管の独立行政法人中小企業基盤整備機構北海道本部では、独自の電気自動車を開発すべく準備を進めている。その中で「開発するなら北海道独自のEVを…」という論議があってもおかしくない。もし、雪に、寒さに強いEVが開発されれば、その成果は冬の北海道を1周して試すのがいい。無事に厳冬期の北海道を2400km走って1周できれば、メディアにも大いに注目され、電気自動車が冬場に弱いわけではないことがアピールできる。「冬に強い、寒くない電気自動車は、EV開発者の悲願なんですよ」このフェリーで一番人気というカツカレーを食べる手を止めて、山東は真剣な顔をして寄本にいった。
■反電気自動車キャンペーン
何かとマスメディアからいじめられる電気自動車だが、最近、とみに繰り返されるようになった反電気自動車キャンペーンは、「寒さに弱い(からダメだ)」というものだった。山東はその反EVキャンペーンにどうしても反撃したかったのだ。隣りで背筋を伸ばして蕪沢が強く頷いた。電気自動車は、その当初、「重い。遅い。走らない」といわれた。鉛電池を使っていたために、車重は2トン近く、加速は鈍く、スピードは出ず、航続距離は30kmほどであった。リチウムイオン電池に替わっても、その頃の印象がなかなかぬぐえなかった。
ようやく重い、遅い、走らないという3大ネックが解消されると、今度は「充電インフラが整備されていないから普及しない」とマスメディアが吹聴するようになった。「どうしてこうまで電気自動車は世間からいじめられるのでしょうね」。電気自動車の開発に携わって長い山東は、窓の外に下北半島から広がる太平洋の海原をじっと見つめ、しみじみいった。
一部の電気自動車関係者は、「反EVキャンペーンがはられているからだ」という。電気自動車が普及しては困る某自動車メーカーが大手広告代理店を使って反EVキャンペーンを展開しているというのだが…。そんなことがあるのだろうか。
「だから、航続距離が120kmと短い電気自動車でも日本を1周できるほどに充電インフラは整備されていると、EVスーパーセブンで旅をしているわけですよ」と寄本が語気を強めていった。2人は納得して「そうだ」と頷いた。さらに、「経済産業省が用意した1005億円の予算で、この秋にはこれまでの2倍の充電器が設置される。そのときには、『充電インフラが整備されていないからEVは普及しない 』という反EVキャンペーンは意味をなさなくなる」と寄本はつけ加えた。
だが、考えてみれば反エンジン自動車キャンペーンといったはっきりした形ではないが、エンジン自動車は社会からの批判をずっと受けてきた。米国では戦前から大気汚染の原因としてエンジン自動車の排気ガスが問題視され、国内では戦後にモータリゼーションが始まると、排気ガスが光化学スモッグの原因として規制の対象となり、交差点付近では排気音による騒音が問題となり、現在に至ってはCO2排出量の多さが地球温暖化を促進していると叩かれ、厳しいCO2排出量規制にさらされている。
中国の大気汚染の原因であるPM2.5の主たる排出源のひとつは、エンジン自動車だ。PM2.5の問題がメディアに取り上げられるたびに、エンジン自動車の開発者は胸を締め付けられるような痛みを感じているに違いない。自動車における弱者は、電気自動車ではなく、エンジン自動車なのだ。
さらに、裾野の広い自動車産業はエンジン自動車を核にして構成されている。これが電気自動車にシフトすれば、その強固な基盤は根底から崩れてしまう。多くの企業が倒産し、多くの人たちが路頭に迷うことは目に見えている。自動車産業の構造の頂点に立つカーメーカーの首脳は、その責任上おいそれと電気自動車にはシフトできない。反電気自動車キャンペーンが起きたとしても、むしろ当たり前なのである。寄本は自戒を込めて2人にそういった。2人は、はっとした顔をしたが、すぐに頷いた。2人を自動車好きにしたのは、他ならぬエンジン自動車だったのだから。
■厳冬期世界電気自動車ラリー選手権
つぎの反EVキャンペーンは「電気自動車は雪の中では走らない」、「電気自動車は寒くて凍える」というものだと、2人は考えていた。
だが、電気自動車推進派にとっては、こうした動きは想定内のことであった。そこで「冬でも、雪の中でも電気自動車は強い」ことを証明したらどうかというわけだ。「だったら電気自動車で厳冬期のラリーをやりましょうよ」
電気自動車推進派の間では、誰がいうとはなしに、こうしたことが話題になっていた。川崎近海汽船のフェリー、シルバークィーンでいっしょになった2人がいうには、彼らが所属する某自動車メーカーの電気自動車開発部門でも、厳冬期電気自動車北海道ランは課題になっていた。弱点を克服すると同時に、反電気自動車キャンペーンに反撃するためである。また、北海道のテストコースを拠点とする電気自動車開発部隊では、「やるなら世界選手権だ」と、さらに話は盛り上がっているというのだ。
寄本は、聞いたばかりの話を船上からすぐに事務局にメールしてきた。文面からは彼の興奮した息遣いが伝わってくるようだった。果たしてこれは真実なのか。答えは次回に。