「急速充電の旅ってなんだ」
というわけです。
始まったばかりというのに、このコラムは大評判である(とうれしい)。評判を聞きつけて、初めてお読みになる方も多いと思う。そこで、これまでのいきさつを少々説明しておこう。
このコラムはEV=電気自動車に関することをつれづれなるままに書き連ねているのだが、ここのところはEVスーパーセブンによる急速充電の旅の話を披露している。だが、脱線につぐ脱線を繰り返して、なかなか旅に出発できずにいる。ようやく今回で旅に出発するわけだが、どうなることやら・・・。
EVスーパーセブンというのは、自動車マニア、とくにスポーツカーのマニアであれば絶対にご存じの英国のスポーツカーであるスーパーセブンを、電気自動車に改造した電気スポーツカーのことである。これがまたいいクルマなのだ。旅では多くの著名自動車ジャーナリストのみなさんにお乗りいただいたが、一度ハンドルを握ると離さない。「疲れたら代わりますよ」と何度いっても、「疲れていない」とつれない返事なのだ。この話になるとまた延々と脱線しそうなので今回はここまでにしておこう。
そういう電気スポーツカーに乗って、日本全国に設置されている急速充電器で充電しながら、日本を一周してみようというのが、EVスーパーセブン急速充電の旅である。
目的は「電気自動車って楽しいぞ」とアピールすることと、「実は充電インフラってけっこう整っているのよ」と充電インフラの現状について知っていていただき、「EVなど充電インフラがないから普及しないのだ」というマスメディアの誤解を払拭することである。
ということで出発してみたのだが、この旅は案ずるより産むがやすしのたとえの通り、一度電欠しただけで、あとは何事もなく、ただただ楽しく、ご心配をおかけした多くの人たちに申し訳ないほどであった。もっとも電気自動車で何事もなく、楽しく日本を一周できることこそ、旅の企画者であり、実行者である日本EVクラブの思うところであり、証明したかったことだった。
ということで、無事に旅を終えられてあたりまえではあるのだが、旅の事務局では連日ハラハラドキドキしていたことも事実であり、全行程を走破でき、東京に戻って来られたときには、ほっと安堵したことも確かである。
一番心配したのは、やはり交通事故であった。当方が安全運転でも、もらい事故がある。「君子危うきに近寄らず」を心がけた。 それからドライバーの健康。2カ月にわたる旅である。毎日宿舎が変わり、食べ物が変わる。慣れない旅で健康を害さなければいいがと心配であった。EVスーパーセブンはオープンカー。寒くて、暑い。風邪を引かなければよいがと、心配の種は尽きなかった。
全行程を走破するメインドライバーは、フリーライター歴30年の寄本好則氏である。3つめの心配は、この寄本氏に関してだ。既婚者である寄本氏が2カ月も家を空ける。もちろん仕事であれば、こうしたことは良くある話だが、彼に日本EVクラブから支給されるのは、宿泊費と定食屋を想定した食費と、わずかな日当である。いい歳をしたオヤジの仕事とは口が裂けてもいえない。
そんな彼が旅を終えて家に帰ったとき、果たして奥様と大学生の息子さんが家にいるかどうか。ガランとした家に戻って、よよと私に泣きつかれても、私には責任が負えない。これに関しても、ハラハラドキドキであった。えっ、どうなったかって? ウーン。ここではいえない。
◆愛があればEVは壊れないのだ
では、旅の電気自動車であるEV スーパーセブンについてはどうかというと、たいして心配していなかった。というのも、電気自動車は構造が単純なので、テストで無事に走れば1万kmでも10万kmでも故障することなく走る。これは、日本EVクラブの20年の歴史で数限りない電気自動車を造ってきた経験からもいえる。
たとえば京都の元高校の先生は、自作の電気自動車でもう12万kmほど走っている。電池は鉛電池なので寿命が短く、何度も交換しているが、そのほかに故障はない。
2013年の夏には京都から白馬村まで充電しつつ走ってきた。1充電の航続距離は50kmほどで、しかも急速充電はできないので充電には4、5時間はかかる。よくもまあ走ってきたものだ。それに比べれば、航続距離が120kmはあるEVスーパーセブンでの旅は天国だ。
市販の高性能な電気自動車が登場したので、先生の12万kmが電気自動車による日本一の走行距離ではないかもしれないが、少なくとも自作のコンバージョンEVでの走行距離は世界一だろう。ちなみにベース車はホンダの軽自動車であるツゥデイ。先生はツモロウと呼んでいるが。この改造EVで、つくば市で開催した日本EVフェスティバルにも来たし、愛媛で開催されたEVラリーにも参加している。
内緒の話をすれば、つくば市に来たときには、東京で電欠寸前となり、日本橋の交番のコンセントを借りて充電したのだ。あまり大きな声ではいえないが、交番の机の脇にはたいていコンセントがあるのだ。自販機の裏にもコンセントが・・・。いや、いや。東電の電気を盗電してはいけません。
故障しないのは、ツモロウが電気自動車であって構造が簡単だということと、自作のEVなので走らせるのに愛があることだ。大切に、慈しむように走らせるので壊れないともいえる。「航続距離が短くて困りませんか」ともいわれるという。しかし、そんなものだと納得して走れば、なんの問題もない。困るのは、航続距離以上に走りたいと思うあなたの心なのである。
と、仙人みたいなことを言うが、私も航続距離が短い電気自動車にはイライラする。なぜなら気持ち良く走っているのに、中断して充電しなければならないからである。気持ちの良いことを中断されるのは、何事も腹の立つものだ。
ツモロウに冷暖房装置はない。京都の冬は寒い。先生はアラスカで使われるフード付きのダウンを着て、ヒマラヤ登山で使われるマイナス30度でも寒くないダウンのオーバーズボンを履き、厚い手袋をして、ホッカイロを腹に巻いて・・・走るわけではない。京都の冬に普通の人たちが着る外出着を着て走る。風さえ入らないようにすれば、自動車の中は暖房がなくとも外よりも暖かいからだ。ただし、ひざ掛けをご愛用である。
◆私は女房を冷凍した
という先生の言動にはまって、ヒドイ目に遭ったことがある。暖房のない改造EVで隣に乗った女房を冷凍してしまったのだ。
ミラEVで東京~大阪555.6kmを途中無充電で走ることに成功し、世界記録を達成した私は、雑誌の取材を兼ねてミラEVに女房を乗せ、友人の住む群馬県の東村にでかけた。09年の12月も末のことであった。
東村には、星野富弘氏がいた。彼は、体育の教師として高崎の中学校に赴任してすぐに、クラブ活動の指導中に誤って頸骨を骨折し、首から下のからだの自由を失った。だが、口に絵筆をくわえて詩と絵を描くようになって、見事復活した。高校時代に谷川岳の岩壁で生死を共にした私の大切な友人である。ご存じの方も多いのではなかろうか。
往きは日差しもあって、ミラEVの室内は京都の先生がいうように寒くはなかった。ルンルン気分で星野の家に向かった。彼の元気な姿を見て、90歳になるお母さんのしわくしゃな手を握って、玄関でけたたましく鳴くオウムとオシャベリをして、仲の良い彼の家族の皆さんに見送られて、夕日が沈むころに東村を後にした。と、ここまではよかった。
しかし、陽が沈むと群馬の12月の空気はしんしんと冷える。冷気はミラEVの室内に忍び込み、私の大事な女房を冷凍し始めた。ときどき横を見ると、女房は冷気にからだの水分を奪われ、少しずつしかし確実に縮んでいった。関越道の練馬料金所に着くころには、飼い猫のジョバンニほどの大きさに縮んでいたというのは大嘘である。1時間ほどであれば、そう京都の先生の通勤時間ほどであれば、通勤着でも寒さには耐えられる。だが、真冬に数時間におよぶドライブでは、何らかの暖房は欲しい。
ということで、この旅を教訓にミラEVにはシートヒーター付きのシートと、足元に200ワットの電気温風機を取り付けた。これが快調で、寒くないどころかとても暖かい。こんな簡単な暖房で、とりあえず関東の真冬の寒さは防げるのである。もちろん、エンジンの効率が悪いことで生まれる排熱を使って暖房するエンジン自動車ほどには暖かくない。でもちょっとした工夫で、心もからだも温まるのである。
私たちを取り巻く現代の生活様式(生活の仕方、スタイル)は、とにかく快適で便利である。しかし、たいていが大量のエネルギーを使う。こうしたライフスタイル以外に生活する方法がないわけではないと、そんなことを電気自動車は考えさせてくれる。
◆裏宇宙に移住すればいいだって
さて、遠回りをしたが、2013年9月24日にEVスーパーセブンは旅に出た。経済産業省の中庭を出発して、関越道を新潟に向かった。途中で日が暮れたので群馬県みなかみ町にある、湯宿温泉『太陽館』で一泊した。
なんとこの宿には200ボルトの充電用コンセントがあった。EVスーパーセブンは急速充電しかしないで日本を一周するのだが、宿のコンセントはうれしい。たとえ電気が空でも一晩充電すれば満充電になる。翌日の朝は元気いっぱいで宿を後にできる。電気自動車ユーザーにとってこんな嬉しいことはない。
この旅は急速充電の旅であって、温泉めぐりではないのだが、どうせ泊まるなら旨いものがあるか、温泉があると嬉しい。コンセントと同じで明日の元気を頂ける。
事務局がハラハラドキドキしているのも知らず、EVスーパーセブンはその後に新潟、山形、秋田、青森と何事もなく通過し、生まれ故郷の八戸市に着き、アースガールズの歌付きの大歓迎を受けた。ちなみにアースガールズは、EVスーパーセブンの製作者である東北自動車(株)の社長の中里明光氏が育てているGMTG(地元ガール)だ。
八戸市からは、フェリーで北海道の苫小牧市に向かった。と、この頃から「もしかすると、この旅はもう冒険ではなくて、ようするに普通の“旅”なのではないか」と思うようになった。あまりにもスムーズに旅が進むからだ。
もっとも、現代の日本でどこへ行こうが冒険などない。いや、南極に行っても北極に行っても、もう冒険ではない。この地球は、ありとあらゆるところが探検されてしまったのだ。で、今や広大な宇宙に向かう以外に冒険など成り立たないのである。
かつて某宇宙飛行士と対談したときに、「なぜ米国は月に人類を送ったのか」という話になった。もちろん当時は米・ソが激しく対立していたので、ガガーリンに地球一周で先を越された米国は月に行かざるを得なかったのかもしれないが、そうした政治的な理由ではなく、人類史的にどうだったのかという話だった。
二人の意見が一致したのは、拡大主義、拡張主義、膨張主義の行き着く先だったというものだった。北アフリカに生まれた人類は、やがて凍りついたベーリング海を渡ってアメリカ大陸に行き着き、全世界に広がったといわれる。いわゆるグレードジャーニーである。この頃から人類は拡大主義的に生きてきたのかもしれないが、とくに大航海時代以降、一部の人類は拡大主義の元に世界制覇を始めた。もちろん、世界制覇は欧州の白人の専売特許ではなく、青きケツをした(蒙古斑のこと)モンゴルもやった。
米国の場合はどうか。欧州人が発見したのは東海岸のアメリカであった。そこから西へ、西へと、金と土地を求めて欧州人は北米大陸に広がっていった。で、ある日、西海岸に着いた彼らは、目の前に広がる太平洋を見て呆然とした。もう前方に陸地はなかった。しかも、太平洋はぐるっと回れば出発地の東海岸に行き着くのであった。しかし、拡張主義はそれを許さなかった。やむにやまれず彼らが指差したのが、空に浮かぶお月様だったというわけだ。
そして現在。地球温暖化で環境が悪化し、やがて人類は地球では生存できなくなることを見越した科学者が、惑星への移住を計画している。そうして人類の子孫たちは大宇宙に膨張していくのだが、移住した惑星の環境をつぎからつぎへと悪化させて、住めなくしてしまうのだった。だが、科学者はあきらめない。現宇宙とは別の宇宙が現宇宙の裏側にあるから、そこに膨張していけばいいではないかというのであった。アッハッハ。いや、いや。笑いごとではない。
◆そうまでして旅をするのだ
かつて登山は信仰の実践であった。やがて冒険や探検の対象となり、さらにレジャー化していった。冒険や探検が目的であれば対象を征服しなければならない。ということで、効率や容易さが問われ、そのために科学・技術が援用され、用具が開発される。
たとえば標高の高い登山で使われる酸素ボンベである。かつては7500mを超すと生存できないといわれたので、チョモランマ(エベレスト)の登山にはみな酸素ボンベを使った。だが、1978年にオーストリアのラインホルト・メスナーが無酸素・単独登頂を成功させた。それは登山の脱科学・技術化であり、冒険や探検の終焉であった。これはケーブルカーがあるのに、わざわざ徒歩で山に登るようなものであって、いわば高級な遊び(レジャー)である。
そう考えれば、現在のすべてのスポーツを解釈できるだろう。自動車であれば1時間もかからない42.195kmをわざわざ走るマラソン。これも自動車であれば数秒で到達する100m競争。新幹線にも、ましてやジェット旅客機にも絶対に勝てないF1レース。これらは、冒険でも探検でもない。高級な遊びなのだ。そこに意味や意義や目的や経済的な価値などを求めるのは、やぼなエコノミー・オヤジのやることだ。
というわけでEVスーパーセブンの旅は、少なくとも冒険でも探検でもない。だからといって高級な遊びかというと、そうともいいきれない。充電インフラの普及啓発という立派な目的があるからだ。行政や企業が充電インフラの普及啓発を行なうのであれば、私たちのような“急速充電の旅”といった方法はとらないだろう。たとえばフォーラムやシンポジウムの開催や新聞広告といった方法をとるにちがいない。
日本EVクラブは市民の団体である。選挙運動で“何とか勝手連”というのがあるが、これに似ている。勝手に電気自動車の普及を推進している。だからといって、勝手連がそうであるように、まったく思想的背景がないかというと、そうではない。
市民団体の日本EVクラブであれば行政や企業が制約を受けてやれない方法で、比較的自由に、だから効果が期待できる方法で行なうことができる。またそうではないと、行なう意味がない。
その結果として、EVスーパーセブン急速充電の旅は、冒険でもなく、探検でもなく、高級なレジャーでもなく、しかし、それらにどことなく似ている旅であり、エンジン自動車で旅すればずっと楽なのにわざわざ電気自動車で走るというものになった。もっともエンジン自動車では意味がないのだが。
ただし、楽しいがイージーな旅ではなかった。結果としてまったく心配なかった場面でも、「電気、もつかなあ?」と不安になったことは多々あって、常に車両の電圧計をチェックし、“COCO充電”という充電インフラ情報の地図とにらめっこする、なかなかスリリングな旅であったことも確かであり、しかし見方を変えれば、常に次の充電箇所を考えながら走るとても楽しい旅なのだ。
遊びでも、レジャーでもそうだが、多少のワクワク感があり、ドキドキハラハラできると楽しいということであり、EVスーパーセブンによる急速充電の旅がまさにそうであった。
ということで、今回は北海道の苫小牧に着いたところでおしまいである。乞う次回。