【舘さんコラム】2020年への旅・第3回「充電の旅シリーズ3 スーパーセブンに聞け 第1話」

テスラSと舘内端
テスラSと筆者・舘内端。テスラSは東京から京都まで走れる電気自動車なのだ

さてこのコラムも3回目である。前回のコラムにも書いたが、電気自動車=EVにはこんな言葉がついて回っている。「EVは航続距離が短いから都市内を走りましょう」だってさ。

EVは航続距離が短いから都市内を走れだと?

筆者はそうは思わない。電気自動車だろうが、エンジン搭載の自動車だろうが、果ては蒸気自動車だろうが、法律で禁止されていなければ、どこだって走れるはずだ。「電気自動車は航続距離が短いから都市内で走れ」などと、勝手なことを言うな。余計なお世話であると思うのだが、どうだろうか。

電気自動車をというよりも、自動車一般を性能の数値だけで判断してしまうのは、悪しき学校教育の弊害だと思う。自動車とはもっと豊かな存在である。なんといっても人間という豊かな存在が造るものなのだから。

ミラEV
ミラEVで500km超を走るのも自由だ。「ミラよあれが、かに道楽の灯だ」(写真:高橋進)
スーパー7 EV
都市内だけを走っていては、こんな素晴らしい風景に出会うこともない(スーパー7 EV  写真:寄本好則)

 

最近、自動車メーカーにも市場にもその弊害が現れているのが”燃費”だ。どんなカテゴリーの自動車でも、燃費なる数値で比べ、優劣をつけてしまう。自動車の価値は燃費だけではないのだから、とても浅薄な自動車の選び方で、それこそ「間違いだらけの自動車選び」だ。

もっとも、燃費に限らず自動車は数値で選ばれるのがほとんどだ。その決定打が「大きさ」ではないだろうか。車庫に入る、入らないから始まって、お金持ちに見える、見えない、上司に怒られる、怒られないと、自動車の価値のほとんどがサイズで決まってしまう。無理からぬ選択方法だが、そうして人生の価値を貶め、自分の価値をそこそこにしてしまうのは残念だ。

好きな自動車があれば、上司に怒られて出世を棒に振っても買ったらいいし、そんなことで怒る小心者の上司の下ではどうせ出世はできない。車庫に入らなければ、そんな車庫は壊せばいいし、なんなら引っ越せばいいではないか。どんなことでも、好きなことを押し通すには抵抗があるに決まっている。抵抗を排除してこそ、豊かな人生となるのだ。ガンバレ!

◆足悪燃費が原因

さてその燃費についてだが、自動車の燃費というものは、運転するアナタの右足で決まる。

私の右足はとても優秀で、リッター55.8kmという記録を出したのだ。1992年の4月。場所は北海道。自動車はエコ・シビックで、荷室には4本のスタッドレスタイヤ、重いガレージジャッキ、さらに2人分の荷物を積んで、実際に100kmを走っての記録である。この記録は、おそらくまだ破られていないはずだ。

燃費記録達成の秘訣は、自動車の科学をよく勉強すること。自動車の科学を深く勉強すると、実に不可解な答えが出る。ドライバーという人間の要素が浮かび上がってくるのだ。その答えは、自動車など運転するアナタ次第でどうにでもなることを教えてくれる。

レーシングエンジニアとしての経験の長い私は、ひたすらドライバーを叱咤激励してタイムを出させ、難局を切り抜けてきたのだ。自動車専門誌を見ると、「この新型車はアンダーが強く、良く曲がらない…」という記述に出会うが、これも”運転手がヘタ”で曲がらない場合だってある。

20年も前の話だが、ある新型車の試乗会で、某自動車評論家が、メーカーの技術者を前にして「このクルマはアンダーが強いですね。サスペンションをこうして、ああした方がいい…」と得意げに説教をしていた。そばにいた私は、「アンタが曲がんねんじゃねえの」と”本当のことを”言ってしまって、その評論家から睨まれてしまった。

ちなみに、業界では運転がヘタで、よく曲がる自動車にもかかわらず曲がらないというのを”手アンダーステア”という。ハンドルを握る手がアホで曲がらないというわけだ。それからすれば、燃費が悪いのは”足悪燃費”といってもよいかもしれない。カタログの燃費よりも、ご自分の右足を信じ、鍛えなさいよ。

だから電気自動車は航続距離で価値を判断されるほど簡単な自動車じゃないことは、おおよそ予想がつくと思う。航続距離も、運転手の右足の優劣で大きく変わる。それから搭載する電池の量で大きく変わる。

◆EVだって、走るという自由を持っている

ということで、反電気自動車派のネガティブキャンペーンがあまりにもひどいので、そうしたキャンペーンででっち上げられた風評を正すべく、私は勇躍立ち上がった。

あれは2009年のことであった。ダイハツの軽自動車であるミラを電気自動車に改造して、東京~大阪間の555.6kmを途中無充電で走り、世界記録を打ち立て、ギネスに認定されたのだ。詳しいことは機会を改めるが、これも自動車の科学をよく勉強した成果だった。秘訣は、電池をたくさん積んだのである。ただし、高性能でないと重くなり、燃費ならぬ電費が悪化し、記録は達成できないので、ここが腕というか頭の見せ所であった。

ミラEV
ミラEVで東京~大阪を走った。555.6kmを途中無充電、ギネスにも認定された(写真:高橋進)
ミラEV
2009年ミラEVで大阪を目指した(写真:高橋進)
20091117ミラEV
555.6kmを走破して記念撮影(写真:高橋進)

 

ちなみに、米国の電気自動車ベンチャーであるテスラ社の販売するモデルSという電気自動車は、東京~京都500kmを無充電で走れる性能を持っている(実際に自動車評論家の石井昌道氏が走った)。こんな電気自動車がすでに販売されているのだ。

「電気自動車の航続距離は短いから都市内走りなさい」、「エンジン自動車は、航続距離が長いから都市と都市の間を走りなさい」と、いとも簡単に、そして得意げに区別して、何の疑いも持たないのは、恥ずかしいからおやめなさいまし。

だが、問題は数値ではない。走るという自由の問題なのだ。

遠い昔のことだが、中学生の頃、兄貴にいじめられたのが悔しくて、隣町の太田市まで自転車で走った。隣町といっても20kmある。けっこうな距離だ。だが、夢中で走ったから疲れは感じなかった。隣町に着いたからといって、行くあてがあったわけではなかった。知り合いもいない。太田市に行くのが目的ではなくて、自転車に乗りたかったか、遠くへ行きたかったか。そうでもしないと、胸のモヤモヤが消えないと幼い私は思ったのだと思う。

帰り道は、もう日暮れていた。昭和30年頃のことだから、あたりはすっかり暗くなって、人も自動車もいなかった。しかし、夢中で走ったからか、気持ちはすっきりしていた。悔しさも、悲しさも、寂しさもなくて、ひと仕事終えた時のような爽快な気分だった。

自転車を効用で判断するつもりはないが、この場合は自転車でなければ胸のつかえは取れなかったと思う。自転車は短い距離の移動の道具に過ぎないわけではなく、走るという自由を持っている乗り物なのであり、その自由は自転車でなければ得られないのだ。

電気自動車でなければ得られない走る自由もある。それは1km走っても得られるし、555.6km走らなければ得られないかもしれない。自由とはきわめて個人的なものだと思うからだ。だから、「航続距離が短いから都市内で走れ」などというのは、まったく自由の何物かを理解しない能天気な御仁の言うことなのだ。そして、人間は自由の獲得のためにたくさんの血を流してきたことも知らないのである。

そんなアンタに「都市内で走れ」などと言われたくない。電気自動車でどこへ行こうと、どこまで走ろうと、「オイラの勝手(自由)」だということは、そういうことなのだ。

AクラスEV
2001年に日本を1周したメルセデス・ベンツAクラスEV(写真:三浦康史)

ということで、2001年には鉛電池のEV Aクラスで日本を1周し、2009年にはEVミラで東京~大阪途中無充電の冒険の旅を敢行したのであり、その延長上として、当然のように「EVスーパーセブン急速充電の旅」は始まったのであった。この項、続く。

スーパー7 EV
スーパー7 EV急速充電の旅の模様は次回からお伝えしよう(写真:寄本好則)

2020年への旅 スーパー・セブンに聞け 第2話
2020年への旅 第2回

COTY
ページのトップに戻る