迫り来る2020年。わずか3年で自動運転の課題を克服できるのか?!

日本では2020年、東京オリンピックにターゲットを合わせ、自動運転を実現しようとしている。しかし、自動運転を行なうシステム、テクノロジー以外にも様々な課題があることも忘れてはいけない。

第2次安倍内閣が推進するアベノミクスの「第3の矢」の目玉となっているのが2014年にスタートを切った「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)だ。この政策で、科学技術イノベーションは経済成長の原動力、活力の源泉であり、社会の在り方を飛躍的に変え、社会のパラダイムシフトを引き起こす力を持つ、としている。

■自動運転の実現がテーマ
しかしながら、日本の科学技術イノベーションの地位は、総じて相対的に低下しており、厳しい状況に追い込まれて「イノベーションに最も適した国」を創り上げていくため権限、予算両面でこれまでにない強力な推進力を発揮できるよう積極的なサポートを行なうことになっている。

SIPの対象プログラムには11分野が選ばれているが、その中でも最も注目を浴びているのが「自動走行システム」、つまり自動運転だ。このテーマには内閣府、警察庁、総務省、経産省、国交省が参画し、自動車メーカーやサプライヤーも含めた官民一体のプログラムとして推進されている。

この自動運転については、安倍首相の指示もあって2020年に実現しようという具体的な期限も設けられている。2020年とは東京オリンピックを意味する。もちろん政府だけではなく、日産自動車は以前から2020年までに10モデル以上のクルマに自動運転技術を搭載すると公表しており、やや遅れてトヨタも2020年頃に自動運転技術の実用化を目指すとしている。

■日本が世界をリードする?
自動運転技術の開発には、SIPの予算や法的規制緩和などの支援が得られることもあって、自動車メーカーやシステム・サプライヤーなど多くの企業が関わっているが、この官民一体で自動運転技術の開発を推進する日本の現状は、世界でも突出している。

自動運転技術では先行しているように見えるアメリカは、じつは自動運転には厳しい。アメリカには国による車両認証制度がなく、各自動車メーカーはFMVSS(米国連邦自動車安全基準)に基づいて自らの責任で車両を販売する。

アメリカでは公道での自動運転実証実験のためのナンバー所得も限られた州でのみ許される

また州ごとに法規が異なるため、自動運転技術を搭載した車両を用いて公道実証試験を行なう場合は州法に合わせた手続きが必要となり、実際に公道での実証実験が許されている州は多くない。また自動車や歩行者の安全を監督するNHTSA(米国運輸省道路交通安全局)は、自動運転に関しては慎重な姿勢だ。

ドイツでは、実証試験に関しては、法律内で特別扱いの認可をしたり、自動車メーカー側が確実に制御できることを前提するなど、高いハードルがある。ドイツの自動車メーカーやサプライヤー、政府機関など16の企業、官庁による共同研究プロジェクト「Ko-HAF(協調高度自動運転)」プロジェクト(アウトバーンでの実証実験)が始まったのは2015年夏と、けっこう慎重な姿勢が見て取れる。

ドイツで官民による自動運転のための公道実験は2015年夏にスタート

このように各国で事情が異なり、我先にと公道での実用化を競っている状況にならないのは、やはり第一に自動運転において法的な責任がグローバルで決着が着いていないことが大きい。もうひとつは、2020年に実現するとしているレベル3の自動運転は、どのようなものにすべきかという議論もある。

■レベル3の自動運転とは?
レベル3の自動運転とは、高速道路、自動車専用道路や特定の道路で「加速、ブレーキ、操舵」をすべてシステムが実行するが、システムが自動運転不可となった状態ではドライバーが運転を担当する、という定義が現状ではされている。このため、レベル3の自動運転は高度運転支援システム(ADAS)と呼ばれ、ドライバーがまったく介入する必要がない自動運転(レベル4)とは区別されている。

言い換えると、レベル3の自動運転中にドライバーは、読書をしていても映画を鑑賞していてよいが、交通状況が変われば即座に通常の運転をしなければならないのだ。これは現実の世界ではかなり難易度が高い。結局のところ、ドライバーは自動運転中でもシステム、交通状況をモニターしている必要があるのではという議論もある。

つまりレベル3の自動運転には、ドライバーが運転や交通環境をモニターすることなくシステムが運転を行なう次元と、自動運転が行なわれていても、ドライバーは常時システムの作動や交通環境を監視する義務を負うという次元の2種類がある。

現在のところ、日産もトヨタもレベル3の自動運転は、ドライバーがシステムや交通環境をモニターすることを想定した厳密な高度運転支援システムとしているが、とはいえ、アメリカにおけるテスラの例でも明らかなように、ドライバーがシステムの作動や交通環境を監視している義務を負うという条件下であっても、実際にドライバーはモニター義務を放棄し、居眠りしたり他のことに熱中することは十分に予想される。

■レベル3の自動運転を実現するために
結局のところ、レベル3の自動運転には、システムがドライバーを常にモニターすることが必須となっている。

ドライバーの視線がどこを見ているか、眠っていないかなどをカメラで監視するドライバーモニタリングシステム。ドライバーが不注意の場合は磁土運転は自動的にキャンセル

これはドライバー・モニタリングシステムと呼ばれるもので、ドライバーの顔を撮影する小型ビデオカメラを運転席の正面に設置し、ドライバーの顔、表情を撮影して、ドライバーが周囲の交通状況やシステムを見守っているか、よそ見や居眠りをしていないかを判定する画像認識技術だ。

このドライバー・モニタリングシステムにより、ドライバーが義務を果たしていないと判定されると、例え自動運転中でもシステムが自動解除され、クルマは路肩に自動停止するという安全システムである。もちろんこの技術は、手動運転中の居眠りやよそ見した場合の警報システムとしても作動させることができる。

もう一つ重要な点は、交通環境を判定し、自動運転が可能かどうか、あるいは逆に自動運転していても周囲の状態が大きく変化したような場合は、自動運転を解除して、ドライバーによる手動運転に切り替えるという、システムのオン/オフとヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)の課題もある。


進行方向前方に歩行者などが検知されると、フロント・ウインドウ下端がオレンジ色に光り警告。自動運転で問題がない場合はブルーに光っている(コンチネンタル)

ボッシュのHMIコンセプトカーでは、クルマのシステムが自動運転可能と判断したときは、音声や発光信号でドライバーに知らせ、ドライバーはそれを確認して自動運転のスイッチを押してシステムを起動する、逆の場合にはクルマのシステムが警報を発し、手動運転を促す音声が流れるようになっている。

コンチネンタルの自動運転実証実験車では、インスツルメントパネルの上部全面に、LEDの発光帯が設置され、手動運転の場合は赤、自動運転が可能な場合はブルー、ドライバーに注意をうながす場合はオレンジに自動的に発光するというインターフェースが設けられている。

このようにクルマのシステムとドライバーの重要なやり取りを示すためには、どのようなヒューマン・マシン・インターフェースがよいのかという点もまだ答えは見つかっていない。

■さらなる課題とは
さらに大きな課題は、道路インフラや地図情報をどのように活用するかという課題もある。SIPのプログラムがスタートする以前から警察庁、国交省、経産省などは道路インフラのITS(高度道路交通システム)関連に投資を行なってきた。こうした資産も自動運転に活用しない手はないのだ。

トヨタが採用したITS技術。道路側のインフラ整備が必要で現状は使用可能地域は限定的

トヨタはすでに2015年からトヨタ・セーフティ・センスPのオプションとして協調型運転支援システムを市場導入しているが、これはITS専用周波数の電波を使用し、道路側からの情報信号を受け、あるいはシステム搭載車同士の通信により、通信利用型のレーダークルーズコントロールを実現するものだ。もちろん道路インフラ側からの情報は自動運転時にも有効に利用できる。

車両間の通信型クルーズコントロール。これが普及すれば、事故や渋滞を解消できる

しかし、このシステムが成立するためには道路側のセンサー+電波発信装置などのインフラの拡充と、システム搭載車の絶対数の拡大が必要だ。

またITSに関して、日本は世界に先駆けて取り組んでいるが、地図情報、高精度の3次元デジタル地図データに関してはスタートが遅れ、地図会社や自動車メーカー、サプライヤーなどが合同した「ダイナミックマップ基盤規格会社」が始動し始めたのは2016年5月だった。

高精度デジタルマップ。走行車線や高低差データなどが含まれる

自動運転のためにはITSのインフラ整備、特に都市部の高精度3次元デジタル地図データが不可欠だが、自動運転技術とITS技術やデジタル地図データをどのように組み合わせるか。なにしろ2020年まで、あと3年。首都高速でレベル3の自動運転を実現しようとしているのだから、多くの企業、官庁の統一的なロードマップの確立が急がれる。

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