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クルマのハンドリング、操縦安定性や直進安定性に大きな影響を与えるのがサスペンションだ。そのサスペンションに関する知識も意外と専門的で、マニアでもかなりハードルが高い領域になっている。そこで、今回は基本的に押さえておきたいポイントを考えてみよう。
サスペンション形式
サスペンションの形式に種類があることはよく知られている。現代のクルマに採用されているのは次のような種類だ。
・マクファーソン・ストラット式:1950年式のイギリスフォード「コンサル」に初めて採用され、日本では1966年式のカローラに初採用された。基本はボディ側の上部に取り付けポイントを持ち、下側はサブフレームのA型ロワアームに取り付けられる。ダンパーケースと同軸でコイルスプリングを使用し、これをストラットと呼ぶ。部品点数が少なく、軽量というのが特徴。ストロークも大きく確保でき、アライメント精度も高い。マクファーソンは考案したエンジニアの名前だ。
・ダブルウイッシュボーン式:ホイールを固定するハブキャリアを上下Aアームで支持するサスペンション。Aアームの形が鳥の鎖骨(ウイッシュボーン)の形に似ているためこの名称が使用される。歴史的には古くから使用されている。上側Aアームはボディ、下側のAアームはサブフレームに取り付けられ、上下のAアームの長さや形、取り付点を自由に設定できるため、ジオメトリー(リンクの動きの軌跡)の自由度は大きいが、取付点が多いため、それぞれの強度・剛性の確保が必要。
現在は商用車、レーシングカー、高級車に採用されている。なおハブキャリアを小さくし上下のAアームがホイール内に配置されるタイプをインホイール型と呼ぶが、これはレーシングカー、スポーツカー、商用車に限られ、高級車は上側Aアームをボディの上部に配置し、ハブキャリアが上下に長いタイプをハイマウント型と呼ぶ。ハイマウント式のほうが横剛性やストロークを確保しやすいためだ。
・マルチリンク式:ダブルウイッシュボーン式の発展型で、単純な上下Aアームではなく補助的なリンクを追加することで、3次元のジオメトリーやトーコントロールができるタイプ。元祖はポルシェ928に採用されたヴァイザッハ・アクスルだ。上部にIアーム、下側に複数のジョイントを持つセミトレーリングアームを持ち、減速時のトーイン変化を増大させていた。これを発展させたのはメルセデスで、1982年に発売した190Eのリヤに初めてマルチリンク式が採用された。5本のアームを持ち、トー変化、キャンバー変化、ブッシュのコンプライアンスを最適化して、操縦安定性や乗り心地を高めることができる。その後はFRだけでなく高性能FF車のリヤにも採用されるなど、多くの車種に採用されている。
この形式は、適正なトー変化やキャンバー変化などが得られるが、それ以外にアームの長さが短く、コンパクトにできること、ダンパー、コイルスプリングを任意の場所に配置できるなどにより、リヤのラゲッジスペースを確保できるなどのメリットも持つ。
・トーションビーム式:軽量なFF小型車のリヤ専用サスペンションとして多用されている。ボディ側にトレーリングアームの取り付け点を持ち、左右のトレーリングアームのねじれを許容するアクスル(トーションビーム)で結合したタイプ。極めてシンプルで軽量な構造であることが特徴で、リヤのラゲッジスペースに対する影響も少ないことがメリットだ。
またこの形式は、リヤの浮き上がり/沈み込みを制御しやすい、スタビライザー効果をトーションビームに持たせることができるなどのメリットもある。この形式は初代ゴルフで採用されて高い評価を受け、その後のFF車の多くが採用している。なおゴルフはボディ側の取り付部に大型のゴムブッシュとトレーリングアームの取り付け角度を工夫することで横力に対してトーイン変化させることで、より高い操縦安定性を実現しているが、この手法も後に一般化している。
サスペンションの基本要素
クルマのサスペンションは、まず低速でコーナリングする時は、後輪の車軸の延長線上の旋回中心点に対してスムーズに車体が旋回できるように前輪のステアリング・タイロッドを設計する。これがアッカーマン・ジャントー・ジオメトリー(軌跡)と呼ばれる。
また静止状態での各輪の位置決めはホイール・アライメントと呼ばれる。キャスター角、キャンバー角、トー角などがあらかじめ決められている。車検でチェックされるのもこの静止時のアライメントだ。
しかし各輪のタイヤは、走行すると駆動、ブレーキ、コーナリングで路面から前後方向、左右方向の入力があり、さらに路面の凹凸では上下方向の入力が加わる。その結果、サスペンションが動き、各輪のアライメントは変化する。これをアライメント変化、ジオメトリー変化などと呼ぶ。
こうしたタイヤからの入力に対してアーム類によって適正にタイヤ/ホイールを保持する必要があり、その役割はサスペンションのアーム/リンクが担当する。タイヤ/ホイールの動きは上下方向に対してはキャンバー変化、左右からの入力に対してはトー変化を発生する。またサスペンション形式によってはトレッド変化する場合もある。
クルマの設計では、コーナリングでキャンバー角が路面に対して大きく変化しないこと、前輪はコーナリングでトーアウト方向に、後輪はトーイン方向に変化すること、上下の動きに対しては大きくトー変化しないことなどが求められる。
この他に、ロールセンター、前後方向のロール軸、加速時の過大なフロントの浮き上がり、リヤの沈み込みを防ぐアンチ・スコート、ブレーキ時のフロントの過大な沈み込み、リヤの浮き上がりを抑えるアンチ・ダイブなどの特性も考慮される。
こうしたサスペンションの動きに伴うジオメトリーの変化は、操縦安定性、直進性などに大きな影響を与えるため、設計だけでなく実験、テスト走行を繰り返すことで試行錯誤のチューニングが行なわれる。
操縦安定性と乗り心地
サスペンションの役割は、結局のところ操縦安定性と乗り心地をどれだけよくできるかということになる。操縦安定性では、直進時の安定性とコーナリング時の弱アンダーステアの両立、乗り心地では、いわゆるタイヤ/ホイール→サスペンション系のノイズ(騒音・異音)、バイブレーション(微振動)、ハーシュネス(路面の凸凹をガツンと伝えること)をどれだけ抑えてなめらかな乗り心地でできるか、ということだ。
そのためにサスペンション系には様々な工夫が採り入れられ、例えばハーシュネスを弱めるためにサスペンションのアーム類の取り付点にはゴム・ブッシュが多用されるが、ゴム・ブッシュの変化位が大きすぎるとタイヤ/ホイールの動きがあいまいになり、正確な操縦安定性の実現とは相反することになる。
また入力の大きさはタイヤの性能にも大きく左右される。昔のようなグリップ能力の低いタイヤの時代と、現在の高性能タイヤの時代では入力のレベルも大きく違っている。現在では走行シーンによっては、サスペンションの上下方向は最大2.5G、ブレーキ時では1.5G、駆動時で1.0G、コーナリング時で1.5G~2Gと、かつてのレージングカー並みの入力を想定する必要がある。
そのためゴム・ブッシュもハーシュネス対策としてただ容量が大きいだけではなく、入力の方向に合わせた一定方向には柔らかく、一定方向には固くなるような方向性がチューニングされている。例えば、すぐり入りのブッシュや、ゴム・ブッシュの中に金属の円筒を埋め込んだ内筒式のブッシュなどが採用されている。
しかし、実際の性能の評価ではサスペンションのボディ側の取り付部が路面からの入力に対して、ひずむようでは、サスペンション本来の役割が果たせていないことになり、結局のところボディ側の剛性を高めることとサスペンションは一体で考えるべきとされている。