小野測器と東大研究室の産学連携が進める「電動モータの振動制御」はEV開発の次なる課題に向けた取り組みだった

小野測器と東京大学藤本研究室がモータの振動抑制技術について、社会連携講座の第1期の成果等の報告を行ない、その内容が非常に興味深いものだったので、お伝えしよう。

まず、産学連携の座組として、国立大学法人東京大学 大学院 新領域創生科学研究科の藤本博志研究室と自動車分野のエンジン、モータ等の計測器等を開発している小野測器が共同で開発研究をしているものがある。その社会連携講座とは特定の目的を持って研究・開発をするのが、社会連携講座であり、講座=研究室という理解だ。

さて、そこで研究・発表された内容は電動モータの振動制御に関するもので、モータは静かで振動がなく滑らかであるというのが一般的な認識だが、じつはある特定の周波数域では振動や音も出ており、それはEV開発において大きな課題でもあり、次の進化のフェーズでは必須要件になると考えられる領域だ。

藤本教授によると、エンジン(ICE)での振動は、揺らさない方向で考えて対策をしていくが、モータの場合は振動が発生したら、その方向に振動を発生させる。速度の方向とトルクの方向を逆転させることで積極的に振動を抑制することができると説明している。いわゆるダイナミックダンパーの発想と同じベクトルだ。

それを物理的なもので振動を防ぐのではなく、ソフトウェアで制御して周波数制御を行なう物理現象で振動制御を開発している。藤本研究室では制御系の設計を行ない、その技術の提供を行なっているという取り組みになる。

一方、小野測器のコアコンピタンスとして、台上試験装置は非常に低慣性なイナーシャであり、現実的な動きが計測できるため、数学的モデルのテストになるし、そのモデルの証明にもなるというものだ。

今回は、小野測器社内の国内留学制度の仕組みを使って、尾田未知氏が藤本研究室で三菱自動車のPHEVを使い、モータの振動を制御する技術に関して3社で取り組んだ研究論文を発表している。

藤本研究室とは
ここで、少し藤本研究室についてお伝えすると、まず藤本教授はCN社会に向けてEV化が進んでいく中で、電動化は右肩上がりであると。もちろんICEの見直しも行われているため、アップダウンな状況は起こるものの、大きな流れとして「電動化は進んでいく」と考えている。

そして電動化のメリットは、CO₂の削減に加え、車両の運動性能向上もあると注目している。振動を積極的に制御しソフトウェアでモータを動かすことで、乗り心地の向上も見込まれるからだ。

使用されるモータは現状2タイプに分けられる。
ひとつはオンボードタイプで、車両に搭載するものだ。これは現在主流となっている方式で、エンジンの代わりがモータとなるものの、クルマを動かすにはドライブシャフトやデファレンシャルといった部品が必要であり、EV応答が速くてもドラシャやデフの応答性に引っ張られてしまうので、レスポンスとしてはイマイチ。

そしてもうひとつがインホイールモータ。これはモータが直接タイヤを駆動する仕組みで、デフやドラシャの影響なくレスポンスが向上するので、次のステップとしては、このインホイールモータ制御が重要になってくる。この点は日立アステモ社との共同開発が進行中である。

また藤本教授によると、インホイールモータは駆動力を積極的に上下方向に出すことができるので、この動きでアクティブサスペンションのような、追加のアクチュエータなしに振動抑制が可能になるという研究も進めている。

さらにもうひとつ、ドローンとeVTOLに使われる振動制御という研究項目もある。培った振動抑制モデルを、複数のモータを持つモビリティであるドローン等に応用しようという研究だ。ドローンの場合、航続距離も重要であり、飛行中の給電に関しても研究を進めている。

この飛行中の給電に関しては、大学の基礎研究レベルだそうで、コイルに近づいた時に給電をしていくというテーマだ。と同時にEVの非接触充電では、信号で停止している時間に充電する仕組みも研究しており、例えば路線バスなどで採用すれば少ないバッテリー搭載量で運行でき、価格を抑えることができるメリットも生まれてくるわけだ。

三菱PHEVを使用しての研究成果とは
さて、小野測器では社会連携講座への取り組みにおいて、今回発表した理由について、共同研究の輪を広げることと、こうした取り組みを広く認知してもらうことが狙いだと説明している。

そして小野測器から東大 大学院博士課程2年に留学中の尾田未知氏の研究成果について、三菱のPHEVを使用して3社共同で開発した振動抑制の論文を発表した。

論文テーマは「台上試験機を活用した並行軸eアクスルの振動抑制制御」。

まず、EVの特性として振動抑制がソフトウェアでアプローチできることを説明。ICEでは前述のようにダイナミックダンパーとしてブッシュを使ったりして共振させ、逆に乗り心地の悪化につながることがある。そうした前提で小野測器の台上試験装置「RCS」を使用し、試験を行なった。

RCSはタイヤ軸受型といわれ、ドライブシャフトにダイレクトに繋ぐことができ、ダイナモに接続してテストを行なう。ダイナモからは走行抵抗に相当する負荷トルクを入力するため、テストコースの走行データと同等のデータが取得できるメリットがある。

つまり、このRCSがあればテストコースがなくても、計測できることになる。従来の台上試験装置は評価ベースで使われることが多く、テスト結果の評価だったが、このRCSでは、さまざまな路面状態が作れるため、設計フェーズでのモデル評価が可能になると説明している。

さらに実際の車両を乗せて試験を行なうため、ブッシュなど複雑な要素も組み合わせて確認できるので、実際の挙動に近いシミュレーションができるというわけだ。今回は、PGV=最大振動速度の振動抑制のためにこのRCSを活用し、設計を行なったという説明だ。

具体的には、システム同定(システムの入出力データを基に、そのシステムの動きを説明する数式モデルを推定する)実験で伝達関数を取得するが、分母には「モータの指令信号」、分子には「モータと車輪の角速度」及び「ねじれトルク」を用いて計算し、ドラシャが共振している周波数を見つけ出すという。

そこで得た10Hzをターゲットとして設計し、RCSで1Hzから20Hzの振動を与えて、制御の有無しでテストを行ない、その成果を得ている。ちなみに、ソフトウェアで制御していく10Hz付近の周波数帯であれば、現在EVやハイブリッド車に多く使われているIGBTで十分対応できる速度だという。SiCや次期スイッチング素子のひとつと言われているGaNなどまでは不要というのも大きなメリットだ。

さて、尾田未知氏からはインホイールモータ制御についての結果も発表された。これはスリップの制御を行なったもので、実車でのテストも見学できた。

スリップしやすい路面を再現し、アクセル全開でスタートさせた時、すべらず発進ができるという制御だ。これは制御機にアクセルの踏み込み量の指令を出し、そこにフィルターをいくつか入れるのだが、そのフィルターは伝達関数の3つを使って設計をしたという。

速度制御の部分では、フィードバックに関して、システム同定実験で得たモータの角速度までの伝達関数をつかうことで、システムの安定性を示すナイキスト線図を描くことができ、安定性を確認しながらPI制御のパラメータを机上で設計することができたという。ちなみにPI制御は自動制御手法で比例(P)、積分(I)、微分(D)をつかって目標値に自動で追従させる数学モデルのことだ。

こうした制御技術の先には、ひとつのタイヤであらゆる路面に対応できる可能性が考えられると藤本教授は話す。もっとも現実的にはタイヤ荷重が関わってくるので、制御はさらに複雑かつ、伝達関数を導き出すまでの道程が長くなることが容易に想像でき、果たしてモータ制御でいいのか、それとタイヤそのものの進化を期待すべきかは難しい。

尾田未知氏の研究成果により、小野測器の台上試験機RCSを使うことで、数式モデルの証明において現実の世界と同等の条件が再現でき、実際の制御の証明ができることの成果を見た。さらに、開発途中での手戻りに関しても、リアルに再現できるRCSであれば、より少ない手戻りになることが想像でき、高度なHILSを行なうことでより正確な制御プログラムをつくることができるというわけだ。

ちなみに、この制御プログラムが市販されている三菱自動車のPHEV車に、すでに適応されているかどうかは不明で、今回は産学の社会連携講座の成果として発表されたということで理解いただきたい。ただ、間違いなくOEMへのフィードバックはあり、どのタイミングでアップデートされるか?ということだと筆者:高橋は考えている。

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