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前回までで、従来の高出力・高効率を追求してきたエンジン技術は、社会的な要求に適合するために、新たにCO2削減を実現するための新しい技術が投入されていることに注目した。今回は、CO2削減、低燃費化を目指す各自動車メーカーの新世代のエンジンの具体例をお伝えしよう。
エンジン進化のトレンドを産み出したフォルクスワーゲン
1997年末に「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」が発効され、2000年代に入ると各自動車メーカーはCO2削減のためのエンジン革新に向けて取り組みが開始された。新しいトレンドの先陣を切ったのは、フォルクスワーゲン・グループが打ち出した「ダウンサイジング・コンセプト」だ。
このコンセプトに従って最初に登場したのが1.4LのTSI(TSIはターボ過給・直噴エンジンの意味)エンジンであった。従来の1.8L自然吸気エンジンを代替する新開発のエンジンで、排気量を小さくし、直噴システム、ターボチャージャーを装備。排気量は縮小したにも関わらず1.8Lの自然吸気エンジンを上回る出力、より大きな低中速トルクを確保した。
このダウンサイジング・エンジンは、排気量を小さくすることでエンジン内部のフリクションを低減し、6速DCT、7速DCTなど多段トランスミッションと強力な低中速トルク特性を組み合わせ、走行中のエンジン回転数を低く保つダウンスピードを実現し、燃費を向上させているのだ。
その後、フォルクスワーゲン・グループは、最初に市場に投入した1.4 TSIを手始めに、グループのエンジンをすべてダウンサイズ・エンジンに統一した。
このダウンサイジング・コンセプトは他の自動車メーカーにも大きな影響を与え、エンジンの技術トレンドを作り上げた。ヨーロッパのメーカーはV型12気筒からV8に、5.0LのV8は4.0LのV8にという具合に、高級車用の大排気量・高出力エンジンからコンパクトカー用のエンジンに至るまで、気筒数、排気量を縮小し、ターボで過給することで、低中速トルクを強化するという技術が一般化した。
そして遂には大排気量の価値を重視するアメリカの自動車メーカーも、V8エンジンは残しながらもV6エンジンや、さらにダウンサイズした2.0L 4気筒ターボエンジンを追加している。
ダウンサイジング・コンセプトのリーダーのフォルクスワーゲン・グループは、第2世代のエンジンも開発し、2016年にアウディが市場に送り出した。この新世代エンジンは、ダウンサイジングではなく「ライトサイジング」(適正な排気量のエンジンの意味)と位置付け、アウディはこれを「Bサイクル」エンジンと呼んでいる。
そしてVWゴルフ用のエンジンは、排気量を1.4Lから1.5Lに変更し、高圧縮比と吸気バルブ早閉じのミラーサイクルを導入。さらに350barの高圧ガソリン直噴を組み合わせている。このライトサイクル・エンジン以外に、すでに市販化している低負荷走行時には2気筒を休止させる気筒休止システムも展開している。
日産は可変圧縮比エンジンを開発
日本で、いち早くダウンサイズ・コンセプトを採用したのは日産で、2012年に直噴ガソリンエンジンとスーパーチャージャーを組み合わせた1.2LのHR12DDR型を送り出した。高圧縮比、ミラーサイクル、スーパーチャージャーを組み合わせ、自然吸気1.5Lエンジンと同等の性能を実現している。
しかし日産は、電動化を積極的に推進しているためもあって、フォルクスワーゲン・グループのように全エンジンをダウンサイズする戦略は採用しなかった。
その一方で、長年研究を継続していた可変圧縮比エンジンとして「VC-T」を開発し、新開発の2019年型クロスオーバーSUV「インフィニティQX50」に搭載して登場する。この新開発の直噴ターボエンジンはKR20DDET型と呼ばれ、排気量1997ccでボア・ストロークは84.0 × 90.1mm(圧縮比8.1)~84.0 × 88.9mm(圧縮比14:1)となっている。
可変圧縮比のメカニズムは、クランクシャフトにリンク機構を追加し、そのリンクをハーモニックドライブにより作動するアクチュエーターでリンクを移動させ、ストロークを変更するという方法だ。高負荷では圧縮比は8.1、低負荷では圧縮比は14.1まで高めている。
可変圧縮比システムの吸入空気量は、低負荷から高負荷まで排気量通りで、ピストンの上死点位置を変更することで圧縮比を変え、高負荷時のノッキングを回避する。これまで普及しているミラーサイクル(アトキンソンサイクル)は高負荷時に吸気バルブタイミングを変えることで吸入空気量を減らし、実圧縮比を下げるという手法とは対照的だ。
ミラーサイクルがバルブタイミングにより排気量を減らしてノッキングを回避しているのに対して可変圧縮比方式では排気量を維持しているのでより高出力を得ることができるわけだ。ただしリンク機構を採用しているため、可変バルブタイミング機構によるミラーサイクルよりコスト的には高くなる。
このKR20DDET型エンジンは、最高出力272ps、最大トルク390Nmを発生し、パワーと低燃費を両立したエンジンと位置付けられ、グローバルで見てこれまでのエンジンの常識を打ち破る革新的なエンジンということができる。
トヨタは高効率なダイナミックフォース・エンジンを開発
トヨタの新世代エンジンは、2014年に小排気量の自然吸気エンジンとして熱効率の高さを追求した1.0L 3気筒の1KR-FE型、1.3L 4気筒の1NR-FKE、1.5L 4気筒の2NR-FKE型が登場している。
これらのエンジンは、燃焼速度を高めるために超コンパクトペントルーフ形の燃焼室、高タンブル流を生み出す吸気ポート、大量のクールドEGR、吸排気カムの可変バルブタイミングによるアトキンソンサイクルなどを組み合わせ、熱効率38%を達成している。ただ、このエンジンは、吸気ポートの断面積が小さいので高出力指向ではない。
しかしその一方で、2015年には2.0L 4気筒直噴ターボの8AR-FTS型、1.2L 4気筒の8NR-FTS型の直噴ターボエンジンを投入した。これらは、ダウンサイジング+過給エンジンとアトキンソンサイクルを組み合わせている。8AR-FTS型は自然吸気2.5Lエンジンの、8NR-FTS型は自然吸気1.8Lエンジンのダウンサイズ版とされている。
つまり高い熱効率を追求したアトキンソンサイクル自然吸気エンジンと、ダウンサイジング過給エンジンというふたつの路線を採用してきたが、最終的には新世代のプラットフォーム「TNGA」に適合させた新エンジン・シリーズのダイナミックフォース・エンジンが今後のエンジン戦略を担うことになる。
ダイナミックフォース・エンジンは、最高熱効率を追求し燃費を低減すると同時に、従来を上回る高出力を狙うこと、モデルベース開発を生かして様々な気筒数、排気量に適合できる徹底したモジュラー設計とすることが骨格となっている。
第1弾として登場したのがカムリ用のA25A-FXE(ハイブリッド用)、A25A-FKS型エンジンで、自然吸気の2.5L 4気筒だ。つまり自然吸気大排気量化という見方もでき、VWグループのライトサイジングにも影響する排気量と過給器の関係性が興味深い。
このエンジンは、高出力を得ながら高効率とするためにさまざまな技術が投入さている。例えば高タンブル流を発生させると同時に、出力も重視したストレート型インテークポートにより高速燃焼させ、燃焼はアトキンソンサイクルを行なうための可変バルブ制御システムを採用。そしてD-4Sと呼ぶ直噴とマニホールド噴射を併用する燃料噴射システムや、排気・冷却・機械作動時などのエネルギー損失を低減し、熱効率を向上させているのだ。
こうした機構をもつダイナミックフォース・エンジンのハイブリッド車(HV)用は、世界でもトップレベルの熱効率41%を達成し、標準エンジンは熱効率40%に到達している。さらに加えて、ハイレスポンス、高出力によりドライビング・プレジャーも追求したエンジンということだ。
ダイナミックフォース・エンジンの第2弾はレクサスLS500に搭載された3.5L V6ツインターボのV35A-FTS型エンジンだ。このエンジンは従来型のV型8気筒5.0Lの自然吸気2UR-GSE型エンジンに置き換わる役割を持ち、今後はレクサスの各モデルに搭載されるのはもちろん、レクサス以外のトヨタ車にも搭載される計画なのだ。
このV35A-FTS型エンジンは5.0LのV8エンジンを上回る最高出力422ps/6000rpm、最大トルク600Nm/1600-4800rpmを発生する。このエンジンも直噴とマニホールド噴射併用システムを採用。また吸気カムは電動式可変バルブタイミング、排気側は油圧式可変バルブタイミング機構を採用。ただしアトキンソンサイクルは採用しておらず、高出力と高い熱効率の両立を目指して開発された、高出力ターボエンジンという位置づけだ。燃焼効率は世界トップレベルの最高37%を達成している。
さらに、トヨタはグローバルで最も多数の生産を計画している2.0L 4気筒のダイナミックフォース・エンジンを発表した。この2.0Lエンジンは2.5LのA25A-FXE(ハイブリッド用)、A25A-FKS型エンジンと共通の技術が採用されている。
ホンダはVTECを活かした新コンセプトエンジンを開発
ホンダは2011年に、エンジン戦略として「アースドリーム・テクノロジー」を発表している。この新世代シリーズのエンジン群の自然吸気エンジンは、VTEC技術を使用したアトキンソンサイクルとし、ハイブリッドとの組み合わせ、エンジン単独での搭載という使い方としていたが、その後に1.5LのL15B型直噴ターボエンジンを追加した。
このエンジンは燃費、パワーを両立させ、自然吸気2.0Lエンジンのダウンサイズ版であり、150ps/203Nmを発生する。
その一方で、アコードに搭載しているハイブリッド用のLFA-H4型の2.0Lエンジンは、VTEC技術をベースに、直噴技術およびアトキンソンサイクルを採用。また、吸気側、排気側の両方へのVTC配置と大量EGRの導入により、徹底的な低フリクション化し、さらに電動ウォーターポンプ、排気熱回収システムなどにより熱効率38%を達成している。
ホンダの場合は、ハイブリッドとの組み合わせによる高効率エンジンと、ダウンサイジング・コンセプトという二本立ての戦略を展開しているのだ。
マツダはSKYACTIV・エンジン群を開発
マツダは2007年に企業ビジョンとして、将来の電動化に向けての「ビルディングブロック戦略」を骨格として打ち出し、新世代のエンジン群の開発をスタートしている。つまり内燃エンジンの革新から電動化に至るまでの開発のロードマップを明確に打ち出している点が他のメーカーと違っている。
開発のロードマップでは、ガソリン、ディーゼルの内燃エンジンの素質を高め、Well to Wheel(原油採掘から走行時まで)のCO2削減を2030年までに、2010年比で50%削減という大きな目標値を発表している。もちろんマツダも電動化技術を投入してくるが、2030年時点でも内燃エンジンを搭載したマイルドハイブリッド、ハイブリッド、PHEVは80%程度と想定しており、電動化技術の開発だけではなく、内燃エンジンにおける大幅なCO2削減は不可欠だとしている。
そのため、マツダがガソリンエンジンとディーゼルの両方でCO2削減のために開発したのがSKYACTIV-GとSKYACTIV-Dだ。ガソリンエンジンのSKYACTIV-Gでは高圧縮比化により燃焼効率を高め、吸気側は電動式、排気側は油圧式の可変バルブタイミング、大量EGR、直噴などの技術を合わせて高効率化している。このSKYACTIV-Gは2011年7月にデミオに1.3L版が初搭載され、その後は1,5L、2.0L、2.5Lとバリエーションを拡大しながら全モデルに搭載している。
一方、ディーゼルエンジンのSKYACTIV-Dは、低圧縮化、大量EGRにより燃焼温度を下げ、NOx排出量を抑え、NOx触媒なしでクリーンディーゼルとした画期的なディーゼルだ。SKYACTIV-Dは、ツインターボ装備の2.2L、可変ジオメトリーターボ1.5Lの2種類を展開した。
このように全モデルに共通のコンセプトのエンジンを展開できたのは、いち早く採用したモデルベース開発によるシミュレーションの駆使や、モジュラー設計の徹底による効果が大きく、他のメーカーを上回る速度で開発を進めているのがマツダの特長ということができる。
こうした、CO2削減のためのSKYACTIV技術の開発は、現在ではフェーズ2に入り、第2世代のSKYACTIVエンジン技術が投入されつつある。商品改良された2018年型CX-5からは2.5Lガソリンエンジンは、気筒休止システム、高圧直噴などを採用している。
また2.2Lのディーゼルは、高精度な噴射制御ができるマルチホール・ピエゾインジェクターを採用し、多段噴射により精密な燃焼制御を実現し、2ステージターボに可変ジオメトリーターボも採用するなどし、出力、トルクも向上させている。
そして、第2世代のSKYACTIVエンジンの本命として公表しているのがSKYACTIV-Xで、2019年に投入される計画だ。このエンジンのコンセプトは、16という超高圧縮比のリーンバーン・エンジンで、スパーク点火式圧縮着火エンジン(SPCCI)と名付けられている。常用域では空燃比30(λ2)以上の超希薄燃焼を行なうため、大量の空気を供給できるようにスーパーチャージャーを採用している。
コモンレール式ガソリン高圧直噴システムによる500bar以上の超高圧噴射、気筒独立燃焼制御、吸排気可変バルブタイミング、大量EGRなども合わせて採用し、より低温での燃焼とすることで熱効率を高め、ディーゼルエンジンを上回る燃費を実現することが目標とされている。
このように見ると、各メーカーともにダウンサイジング、高圧縮比、大量EGR、アトキンソン(ミラー)サイクルなど、最新の技術を採り入れながらエンジン開発を行なっていることがわかる。
またダウンサイジング・エンジンは、三菱のエクリプスクロス用の1.5Lターボ、スズキの1.0L/1.4Lのブースタージェット・エンジンなども登場し、さらにスバルも新ダウンサイジング・エンジンを開発中で、日本車でもダウンサイジング・エンジンの種類はさらに拡大してく傾向にある。