ヨコハマタイヤは2006年からWTCCのワンメイクタイヤサプライヤーを務めている。つい最近、大検討を必要とした出来事があった。2014年シーズンに投入した18インチタイヤの開発だ。
文:世良耕太 Kota Sera
◆迫力あるツーリングカーレースへの変貌
2013年までは全車17インチタイヤを装着しており、ドライタイヤのサイズは240/610–R17だった。幅240mm、外径610mm、内径(ホイールの外径)17インチである。2014年に導入された18インチは250/660–R18だ。ホイールの径が1インチ大きくなっただけでなく、タイヤの幅が10mm、外径は50mm大きくなっている。
WTCC参戦当初から開発に携わるヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナル株式会社 開発本部の渡辺晋氏が、18インチ化の背景を説明する。
「ずっと以前から、『WTCCはタイヤが小さく、見た目が良くないから18インチにできないか?18インチにした場合にどんなことが起きるのか?』とオーガナイザーから質問されていました」
WTCCに参戦する車両はコンパクトからミディアムサイズだが、公道を走るベース車両でさえ、グレードによっては18インチサイズを装着している。空力アイテムなどでアグレッシブになったレース車両に17インチの組み合わせではいかにも貧相、というのがオーガナイザー側の考えだったのだろう。
18インチ化の背景はそれだけではない。向上した性能を受け止める役割もあった。
「ツーリングカーレースを迫力あるものにする意図がオーガナイザー側にありました。その手段がエンジンの出力向上と空力性能の向上です。他カテゴリーとエンジンのベースを共用することで開発コストダウンを図りつつ、出力アップを実現しました。排気ノイズの規制緩和も有利に働いています。さらに、フラットボトムやウイング大型化で空力性能の向上を図ると同時に、ワイドトレッド化も導入されました」
見比べれば一目瞭然、2014年のWTCCマシンは2013年までに比べ、格段に迫力あるルックスを手に入れている。「18インチにすることは以前から言われていたので、特別な驚きはありませんでした」と渡辺氏が言うのも当然で、ヨコハマはレギュレーション変更を検討する段階から話し合いに参画していたのである。信頼されている証だ。
オーガナイザーと、ルールを統括するFIA側からの提案は「18インチ化」という枠組みのみだった。そこでヨコハマは、車両コンセプトや諸元(動力性能や空力性能)を考慮し、適切なタイヤ寸法と形状、コンパウンド、構造を提案した。
「17インチ時代は、タイヤが壊れるか壊れないか?ぎりぎりのところで使っている状況だったので、チームは相当フラストレーションが溜まっていたと思います。18インチ化のタイミングで、その状況から解放させてあげたいという思いがありました。幅を10mm(240mm→250mm)、外径を50mm(610mm→660mm)、リム幅を1インチ(9インチ→10インチ)アップしたのはそのためです」
サイドウォールの高さを維持したままホイールを17インチから18インチに大きくすると、タイヤの外径は635mm(610+25mm)になる。だが、ヨコハマはサイドウォールに1インチ(25mm)上乗せした。「タイヤに余裕が出る意味で、この仕様変化は大きい」と、渡辺氏は説明する。
◆開発車両を製作までした18インチへの移行
開発コンセプトは明快だったが、問題は、テストする車両がなかったことだ。2006年に参入する際は、WTCCの前身であるETCCの車両でテストを行なうことができ、大まかな要求スペックは把握できていた。
だが、今回はテスト車両がないという問題があった。がしかし、幸いなことに、シトロエンが2014年シーズンからの参戦を目指し、既存チームよりひと足早く車両を完成させ、テストを行なっていたのだ。そのテスト活動に相乗りさせてもらうことができれば、効率のいい開発が期待できる。
「シトロエンが先行してクルマの開発を行なっていたのですが、シトロエンと共同開発をしたら他のメーカーやチームが黙っていません」それはそうだ。ただでさえ、自分たちに有利なタイヤを作ってくれないかと主張してくるのが、WTCCに参戦するチームなのである。
こんなエピソードがある。2006年にワンメイクタイヤを供給した当時は、FF(フロントエンジン/前輪駆動)とFR(フロントエンジン/後輪駆動)の駆動方式が混在していた。「イメージで言うと、FF車はフロントが75%の仕事をしている感じ。FR車は50対50です。FFに合わせてタイヤのスペックを決めると FRが不利になり、FRに有利にするとFFが不利になってしまう。チームから個別の要望はありましたが、どちらもいいタイムで走れるようバランスを取るのが我々の仕事です」
求められる特性は異なるのに、パフォーマンスは互角となるようスペックを煮詰めていかなければならない。難題ではあるが、そこがタイヤサプライヤーの腕の見せどころである。特定のチームに協力してもらっても、スペック設定でそのチームに有利にならないような味つけはできたが、タッチしていないチームにすればおもしろくはない。
「というわけでシトロエンとは一緒にできず、似たようなスペックの車両を仕立て、独自にテストを行ないました。WTCCでの経験が豊富にあったので、2005年に直面したような状況にはならないだろうとは思っていましたが、オフィシャルテストが始まるまで何が起きるのかわからない状態でもありました。ダウンフォースがどれだけ増えるのかも、実際には把握できていない状況だったのです」
悪い事態も想定しただろうが、実際のところまったくの杞憂に終わった。
「17インチに比べ、耐久性、グリップ、摩耗特性が良くなりました。その結果、狭かった車両セッティングの調整幅が広くなり、チームが采配する自由度が広がっています。あそこが悪い、ここがダメという話は聞こえてきません。僕らとしては問題がないと、活躍する機会がなくなってしまうのですが(笑)」
贅沢な悩みとはこのことである。17インチ時代はタイヤのサイズ規定に由来するデリケートな特性が顔を出したが、18インチではそれがなくなり、各チームが思い思いのセッティングを施せるようになった。それが、2014年のスペクタクルなレースに結びついている。
その舞台を整えたのはヨコハマだ。2006年からWTCCにタイヤを供給し、足元を支えてきた実績が評価され、レギュレーション策定の輪の中で大きな発言権を持つまでに信頼は高まっている。
次回は17インチから18インチへの変更において、技術的にはどんなテクニック、ノウハウが投入されたのかを探ってみたい。
[世良耕太 Kota Sera]