メディア向けニューモデル試乗会の実情 第1弾

雑誌に載らない話vol242
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クルマを買う前には、そのクルマが自分のイメージ通りなのかどうか、やはり一度はステアリングを握って確かめたい。いや、買う気はなくても、気になるクルマには一度は乗ってみたい。クルマ好きなら誰でもそう思うだろう。

しかし、実際にはディーラーに行って試乗する人は案外少ないのだという。そのディーラーのなじみの優良ユーザーならともかく、全然知らない初めてのディーラーに入って、まだ買うかどうか決めていないのに「試乗させて欲しい」と言える人は少ないのだ。それどころか、試乗しないでそのディーラーで購入契約をする人もけっこういるのだという。もっとも試乗しないで購入しても、そのクルマに満足であればそれはそれでありだが。

いざ試乗するとしてもディーラーは販売車種のすべての試乗車(テストドライブ用デモカー)を用意しているわけではないし、試乗ができたとしてもディーラーの周辺で5~10分程度の市街地走行といった例がほとんど。納得するまで試乗できるケースは少ないはずだ。そんなわけで、普通の人にとっては新しいクルマに試乗するのはけっこうハードルが高いのが実情だろう。

■メディ向け試乗会の始まり
では、われわれのような自動車WEBなど、メディアはどのようにニューモデルをテスト、試乗しているのだろうか。

試乗会ではテスト用の新型車が集められる
試乗会ではテスト用の新型車が揃えられる。同じ車種が一堂に会するのはディーラーでも見られない

歴史を振り返ると、1980年頃までは、新型車が登場すると各メディア(もちろん当時は自動車専門誌のみだが)は、自動車メーカーに依頼して新型車を借り出し、独自にテストや試乗を行なっていた。今では考えられないが、当時の専門誌のいくつかは、1ヶ月ほど借りて、大学の自動車技術研究室に依頼し、各種計測を行ない、最終的にテストコース(当時は谷田部にある日本自動車研究所のテストコース)で0-400m加速や最高速、走行抵抗の計測、定常円でのアンダーステア/オーバーステアの計測まで行なうロードテストが行なわれていた。

余談になるが、1960年代頃までは東京の川﨑寄りの第2京浜国道で0-400m加速や最高速を計測した記録もあるし、自動車メーカーの事情によっては地方の工場のある場所の周辺道路でこうしたテストをしたという。もちろんこうした場合は、警察もテスト区間を通行止めにして協力してくれたそうだ。

こうした自動車メーカーの実験部なみのロードテストを行なう以外に、その新型車を評価するために一般道を走らせて試乗レポートを掲載することももちろん行なわれていた。

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試乗会の受付。各メディアごとに試乗時間枠が割り当てられる

しかし1980年代以降は、自動車雑誌が大幅に増加したこともあって、貸し出し方式ではスケジュール調整が大変になってきたため、メーカーは新型車が発売される時期にテストカーを多数用意し、特定の場所で「試乗会」というイベントが開催するようになってきた。これがメディ向け試乗会の始まりだ。

当時は、箱根のホテルなどをベースにして試乗会が行なわれるのが大半だった。平日であれば交通量はそれほど多くはなく、上り、下り、ワインディングロードが多く、新型車を試すには最適とされたのだ。

現在のメディア向け試乗会

現在の試乗会は、箱根で行なわれることは少なくなってきている。御殿場、横浜のみなとみらい、千葉の幕張など、かつてのような箱根一辺倒ではなくなってきている。また、試乗会は、参加するメディアの数が多い上に、フリーランスのジャーナリストも多数参加するので、自動車メーカーはかなりの試乗車の台数を用意したとしても、試乗1回あたりの時間は1時間~1時間半と、時間的な制約も厳しくなってきている。

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割り当てられた試乗時間内で写真撮影も行なわれる

なので、様々な道路コンディションで新型車を試してみるということも実際のところ難しくなってきているのだ。例えば1時間の試乗時間枠では、カメラ撮影で最低でも20分~30分は要するので、実際にステアリング握る時間は30分くらいになる。

30分から1時間ほどの走行時間で試乗レポートに必要な情報を感じ取るには、相当高いレベルの観察眼や感受性がないと無理だともいえる。もちろんこうした観察眼や感受性は、経験によるところが大きい。

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ある自動車メーカーのベテラン・テストドライバーは生涯運転距離が200万kmを超える位の経験がないと無理だと語っているが、言うまでもなくメディアや自動車ジャーナリストで、さすがにこれはハードルが高すぎる。

メディア向け試乗会には、スペシャルチューンされたベスト・コンディションの試乗車が用意され、実際の市販車とは違うという都市伝説があるが、これはどうだろうか。

実は試乗会に用意されるクルマは、工場のラインで最初に生産されたクルマで、シャシーナンバーでいえば100番台が多い。これは量産試作車と呼ばれ、ライン生産のパイロット・モデル、トヨタでは号試(号口試作車/ごうぐち)といわれる状態のクルマだ。

自動車メーカーの実験部のエンジニアの話によれば、1990年頃までは量産試作車は仕上がりレベルが設計・生産の基準からはずれているクルマも少なくなかったので、本来の基準に修正するような手当ては必要なことが多々あったという。

しかし、現在の量産試作車は、通常の市販レベルと同一水準になっているため、かつてのような手当てはまったく行なわれていないのだ。それどころか、開発段階でも試作モデルは1回作るのみというから、以前では考えられないほど開発試作や工場試作のレベルが向上しているということができる。

実際に試乗する前に行なわれるプレゼンテーション
実際に試乗する前に行なわれるプレゼンテーション

また試乗会前の慣らし運転もせいぜい500km~1000kmといったところで、十分に慣らし運転が終わっているとはいえない状態が多くなっている。

試乗会では、その新型車の簡単なプレゼンテーションが行なわれ、その後に試乗車のステアリングを握ることになる。そして、こうした試乗会には自動車メーカー側の担当広報部メンバーはもちろん、開発を担当した多数のエンジニア、時によっては開発責任者のチーフエンジニアも顔を揃えていることが多い。

これはメディアにとっては絶好の取材チャンスで、通常の新型車発表会などでのプレゼンテーションでは得られない突っ込んだ話を聞くことや、疑問点の解明、試乗したクルマについての実験部のエンジニアとの意見交換など、オフィシャルではない様々な情報を得られる貴重な時間となる。

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ただし、輸入車の試乗会では開発担当者が出席することはごく稀で、国産車ほどの情報を得るのは難しい。それだけに、輸入車の試乗会の場合は、事前、事後にグローバルな視点で試乗するニューモデルの関連情報を集めることも重要になってくる。

試乗会は、自動車メーカーにとっては新型車に関する情報がメディアを通じて発信できる大きなイベントであり、メディアにとってもカタログ・スペックや、公式プレゼンテーションではわからない、その新型車の実像を体感できる重要な機会なのである。

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