アバルトファン、あるいはラリーファンなら、1970年代にアバルト131がラリーで活躍していたのをご存知だろう。そして、さらに遡る60年代には「124スパイダー」が登場しており、そのオマージュとして現代に蘇ったモデルが、2シーターオープンカー「124スパイダー」だ。アバルトブランドからFRのスポーツモデルがリリースされるのは、実にこの時代以来、数十年ぶりとなる。
このクルマは、マツダ・ロードスターのアーキテクチャーを使用し、マツダの工場で造られる、というのも読者にとっては興味深いところだろう。
この点に関して、結論から言うと、ロードスターの良いとこ取りをしながら、両車はまったく異なるキャラクターのクルマであり、それぞれのブランドアイデンティティが明確で、見事なまでに造り分けがなされている。購入者目線で言えば、多分、この両車でどちらを買おうか悩む人はいないのではないだろうか・・・。
六角形のフロントグリルをはじめ、ディテールにはオリジナル124スパイダーを彷彿とさせるデザインが取り入れられている。
そして、車内に乗り込むと、まず印象的なのはシートだ。ソファのようにクッションの効いたシートバックが上質感を感じさせる。それでいて、ピタッとフィットする。シートも機能部品。座り心地だけでなく走行中のホールド性も大事だが、その点においても問題ないことを後に確認した。
試乗車は6速マニュアルシフトを備えるモデルだったが、シフトレバーの触感も質感がある。視覚的にイタリアンデザインに包まれ、ドライバーが触れる部分のレザーのクオリティも高く、スポーティな中にもラグジュアリーさが伺えた。
搭載されるエンジンは、1.4L・マルチエア4気筒ターボ。昨今の主流である小排気量ターボだが、フラットトルクの実用車とはやや趣きが異なる。穏やかにアクセルを踏み込んでいくと、低回転域でも通常走行に十分なトルクはあるが、若干のターボラグの後、力強い加速を見せる。
ただ、昔のターボのようなピーキーさもないし、グワッと盛り上がりのある加速感なので、扱いにくいと感じることはなく、キャラクターとして受け入れられる。レブリミットは6500rpmとやや低めだが、そこまでは淀みない加速を見せる。
試乗車には、エンジンの回転数に応じて排気経路が変わる「レコードモンツァ デュアルモードエギゾーストシステム」が装備され、重厚感のあるエンジンサウンドも加速時の高揚感を演出してくれた。
2シーターオープンカーというと、ストイックなスポーツカーといったイメージが強いが、124スパイダーはしっとりとした乗り味だ。豊かなストローク感のあるサスペンションは、ギャップもエレガントな足さばきでまたぎ、乗り心地に優れる。コーナーでは、意外とロールを感じる。が、これがまったく不快じゃない。ロールスピードが穏やかなのに加え、その先でグッと踏ん張る感覚で、懐の深さが感じられるからだろう。
ストローク感はあるのに、無駄にボディが動く、という違和感はなく、ステア操作に対するボディの追従性は良い。大人のスポーツカーの風情がありながら、アバルト伝統の小気味良いハンドリングもある。
ワインディングでは、30〜40km/hというスピード領域でさえ、独特の走り味を堪能できる。スピードに支配されないドライビングプレジャーは、日本の道路環境でも容易に味わうことができるだろう。
一方、サーキットではないが、クローズドコースで限界域の挙動を試すチャンスもあった。リヤがスキッドする状況でも、アクセルで自在に姿勢を作れ、拳一個分の操舵にもしっかりと応じる。フルブレーキ時の姿勢も安定しており、ペダルタッチこそソフトだが、制動力の立ち上がりから効きまで申し分ない。高い運動性能を備えていることが伺え、ぜひ、サーキットを走ってみたいと思った。
最後に、オープンカーの大事なポイントであるソフトトップの開閉は手動だ。電動による開閉スイッチを備えるモデルも多く、そちらの方が圧倒的に操作性に優れると信じていた。が、試乗中、奇しくも突然の雨に見舞われ、路肩に止めると、スイッチをワンプッシュ、後はシートに座ったまま瞬時に幌を閉められる手軽さ、軽い操作性や操作時間の短さに、手動の優位性を感じた。もちろん、軽量化にも寄与する。女性でも、クルマから降りることなく座ったまま操作できるだろう。
「アバルト124スパイダー」は、イタリアンデザインをまとい、アバルトのDNAを引き継ぐエモーショナルなドライブフィールを堪能でき、”メイド・イン・ジャパン”の信頼性やクオリティを備える2シーターオープンモデルだった。