マニアック評価vol148
アメリカの高級車といえばGMのキャデラックだ。フォードのリンカーンはあまり馴染みがないものの、「キャディ」の愛称で知られるアメリカンラグシュアリーカーのキャデラックにはなぜか惹かれるところがある。
GMと言えば大きなボディとエンジンが得意なブランドだが、最近は環境を意識してダウンサイジングも始めている。今回登場したキャデラックの新型車はいままでとは異なるプレミアムコンパクトサルーンで、車名は「ATS」だ。「TS」はツーリングサルーンを意味するが「A」は始まりを意味するのだろうか。すでに市販されているCTSよりもひと回りコンパクトなので、欧州や日本でも使いやすいサイズで開発されている。
ATSはまったくのブランドニューであり、BMW3シリーズを徹底的にベンチマークとして開発された意欲作だ。実際のボディサイズは3シリーズやメルセデスCクラスに近く、アメ車というよりもドイツ車の雰囲気をもっている。だからといってGMグループの一員であるドイツ・オペルのプラットフォームを使ったわけではない。100%キャデラックのオリジナルボディなのだ。
スタイリングはGoodだ。キャデラックのデザイン言語である「アート&サイエンス」はATSでもうまく表現できている。遠くからみてもキャデラック、近くでみてもキャデラック。全幅1.8mのボディでも、見事に存在感を実現している。
ボディサイズは4643×1805×1421mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2775mmと3シリーズに近いサイズだが、気になる重量は適材適所の素材を使い分けることで約1.5トンに抑えている。ボディの空気抵抗係数Cdは0,29。おどろくべきことに前後の重量配分は50対50を実現しており、そのためにバッテリーをリヤに搭載している。
ここまでBMWを意識するには理由がある。というのはATSの開発は自動車の聖地といわれるドイツ・ニュルブルクリンクで行われていたので、キャデラックの開発チームはオペル社のR&Dセンターがある、リュッセルスハイムに構えていた。デトロイトで生まれたATSはニュルブルクリンクとアウトバーンで育てられたのだ。まさにBMWと同じ開発環境である。
エンジンはV6型3.6Lと2Lの4気筒が用意されるが、日本には当然2L+ターボが導入される。エコテックと呼ばれる2Lターボは単なるエコエンジンではなく、最高出力は276PSとBMWよりもパワフルだ。最大トルクは353Nmを発生し欧州車と戦える充分なスペックを持っている。ギアボックスは6速のトルコンATとMTが用意されるが、ATとターボとのマッチングはよい。
実際に走ってみると1300rpmくらいからターボのタイムラグがなく粘っこく加速できる。フォードやBMWの2.0Lターボよりも低速の粘りは優れているかもしれない。
アメリカ市場用に3.6LのV6型エンジンも用意されるが、ニュルブルクリンクの最速ラップはこのV6型で8分20秒を叩き出している。プレミアムサルーンとしては十分に速い。
サスペンションはフロントがストラット方式だが、ロアアームはWピボットを採用し、仮想キングピン軸をタイヤの中心に近づけることでナチュラルなステアリングフィールを実現している。電動パワーステアリングもBMW3シリーズが採用したボールジョイントとベルトを使うタイプなので、手応えは一般的な電動パワーステアリングよりもダイレクト感が溢れ、スポーツドライビングには欠かせないものであった。この素晴らしい手応えにATSの素性の良さを感じることができた。
リヤサスペンションはマルチリンクを配しているが、四輪に使われるダンパーはプレミアムモデルに「マグネティックライドコントロール」の磁性流体封入式ダンパーを採用している。
ところでATSの魂を感じたのは、全モデルにブレンボの4ポッド対向キャリパーを標準で装備したこと。ハイスピードでのテストを繰りかえす中で、ブレーキ性能は妥協できないことを悟ったそうだ。しかし、ブレンボブレーキが凄いのではなく、この強烈な制動力を発揮するために、アップライト(ハブキャリア)やハブなどの強度剛性が高くないとブレンボは使いにくい。ATSの開発者達は、基本となるボディやシャシーの剛性を高めることに懸命であったことが伺える。ちなみにボディの捻り剛性は29KNm/degreeとBMW3シリーズを超えている。
ATSの走りはスポーティなわりに乗り心地がすばらしい。試乗車には18インチのサマータイヤを履いているが、スタンダードは17インチのM+Sだ。両方ともBMWと同じランフラットタイヤを履く。興味があるのは17インチのM+Sのランフラット。どのくらい乗り心地がよいのだろうか。
しかし、周囲のクルマは冬用のタイヤを履く時期であったが、18インチのサマータイヤは、ATSのポテンシャルを十分に引き出してくれる。落ち葉が路面に絨毯のように敷きつめられた森の中を通るカントリー路は、ときにタイヤがすべりドリフトする。横滑り防止装置は確実に機能するのでスピンする心配はないが、思った以上にアジリティなハンドリングに没頭してしまう。
街中の乗り心地はBMWよりもマイルドで、メルセデスCクラスよりもスポーティ。つまりBMWとメルセデスのよいところを得た理想的なバランスをもっている。
アウトバーンでも200km/hの壁を越えることは難しくない。空いた道路でスロットルを踏み続けると、180km/hまではすぐに到達できる。76GHzのミリ波レーダーを使うアダプティブ・クルーズコントロールは自動ブレーキも介入するので、衝突防止も可能だ。レーンデパーチャーは警報だけだが、これもとても便利。リスクが高まるとシートが振動してドライバーだけに知らせてくれる。
ユニークな安全機能として、後方の傷害物の接近を知らせてくれるソナー(音波)を使った警報機能だ。衝突安全に抜かりはないが、積極的に事故を未然に防ぐ安全技術もアメリカ車らしく惜しみなく採用している。日本ではベースモデルのラグジュアリーが2013年の3月から市販されるが、価格は439万円とBMW320iよりも若干安く設定されている。ドイツ車に飽きた人にはお勧めの一台であろう。
< ギャラリー >
関連記事
【GM】新型キャデラック ATS ニュルブルクリンクで鍛えたという期待の新星