【アウディ】吸い込まれるように曲がる快感。それがR8スパイダーの魅力だ! 試乗動画 by 桂 伸一

マニアック評価vol56

まさに満を持してという感じで、2010年10月6日に発売されたアウディR8スパイダーの試乗報告をお届けする。サーキットで培われた最新テクノロジーの結集とも言えるアウディの最高峰は、2194万円というプライスタグにも相応しい実力の持ち主だったと言えよう。

IMPRESSION

品の高さを感じさせるスーパースポーツ

アウディR8にオープンモデルの“スパイダー”が欧州のラインアップに加わったのは、2009年の秋のことだ。日本に導入されるまでには、それから約1年のリードタイムを要したが、実は私は2010年の初頭にフランスで試乗する機会を得ている。その時の印象が大きかったことはもちろんだが、タフなステージや速度域の高い領域での試乗も可能だったので、今回の箱根でのドライブと併せての試乗レポートとしてお伝えしていきたいと思う。

最初に遭遇した場所は、さすがに考えられたロケーションだった。南フランス・ニース空港の一角に設けられた試乗会場に、10台を超えるR8スパイダーが待機していた。ニースという華やかな街で眺めても、R8スパイダーにはスターのオーラが漂う。ただし、ラテンのスーパースポーツ系にあるアグレッシブさとは異なり、アウディの流れを汲むロードカーとしての品性の高さを感じさせる。

さて、実車を前にすると、オーナーとしての視線でこのクルマを語るのには「自分には荷が重いなぁ…」と改めて痛感した。しかしながら、出発前に4.2Lを積むR8のクーペで十二分に足慣らしをしてきたので、こと走行性能に限っては比較も含めて、自信を持って報告することができると思う。

R8クーペには当初からある4.2L直噴V8と、2009年に追加された5.2L直噴V10を積む最強モデルがあり、R8スパイダーはその最強をベースに、電動ソフトトップによるオープンというキャラクターが与えられている。

クーペからはわずか6kg増というマジック

525psのパワーと530Nmのトルクに対して、ミッションは自動クラッチ制御のロボタイズド6速ATのRトロニックが標準。フェラーリ的なゲートが刻まれた6速MTも用意されるようだが、日本はRトロニックのみが導入されるという。シャシーはアウディ独自のアルミ技術を多用したASF(アウディ・スペース・フレーム)を骨格とする点はクーペのR8と共通。ただしルーフ部分のないスパイダーは上面に支えがなく、低下する強度と剛性を得るためにAピラーやサイドシル、センタートンネル、リヤバルクヘッドからフロアパンに至る大補強を敢行。しかし単体重量は、同じ5.2Lを搭載するクーペからわずか6kg増の216kgと超軽量に仕上がっている。

剛性の違いはあるのかと、クワトロ社の担当マネージャーに尋ねると「数値は秘密ですが、クーペとなんら変わりません」とのこと。ソフトトップの重量は30kg。重量バランスに影響する部分だけに、リヤカウルと呼べるドアから後方、エンジンカバーまでをカーボンファイバー製に素材変更。その後方にあるサービス用リッドとリヤスポイラー取り付け部分をSMC(シート・モールド・コンパウンド)と呼ばれる成型技術で軽量化している。

↑トップを閉めた状態。今回の撮影は当初この霧に悩まされた。

シルエットは異なるが広さは変わらない

ソフトトップを閉めたスパイダーとクーペを見比べると、ルーフからリヤに向かって下降する角度がスパイダーは強い。スモールキャビンという印象もあるが、実はそう見えるだけで、広さはクーペと変わらない。クーペの大きなリヤウインドウに代わり、トンネルバック形状のスパイダーは熱線入りガラスウインドウが垂直に立つ。そしてカーボン製エンジンフードが露出する。ルーバーが刻まれた2本のバルジがフードの盛り上がりをさらに強調するが、ちなみにこのバルジにルーバーは6個ずつある。将来的には12気筒が搭載か!? と勘ぐってしまった。オープン時はこのフードの下に、Z型に折りたたまれたトップが収納される。芸術的なV10エンジンはさらにその下にあり、残念ながらクーペのように常時拝むことはできない。

アウディらしくメーター類や各種スイッチ類が整然と配置されたコクピットだが、目新しいのはパーキングブレーキ横に並ぶふたつのスイッチだ。ひとつはソフトトップの開閉用。その隣は熱線付きリヤウインドウの上下用だ。19秒で開閉するトップは、50km/hまでなら走行中でも操作を受け付ける。普通の信号待ちの時間で変身を終えてしまうのだ。

背後からの5気筒二重奏によるV10のくぐもった独特のサウンドは、かつてのF1を彷彿とさせる刺激的サウンドだが、スパイダーはそれが直撃で入ってくる。直噴の耳障りな燃焼音がなく、きわめて精度の高い精密機器のように各気筒それぞれが整っていて実に気持ちいい。

Rトロニックのシフトレバーを「N」から左の「A」に倒して、滑らかなクラッチミートとともに発進。まずはV10の鼓動に急かされるかのように1速〜2速でリミットまで回してみる。すると4000rpm手前で一段と冴えわたるサウンドに切り替わり、8700rpmという高い設定のレブリミッターにも瞬時に到達。この鋭い吹け上がりとハイトーンな快いサウンドには、自身で操作していながら心底聞き惚れてしまうほどだ。

↑コクピットはR8がデビューした時から基本的に変わっていない。

クーペより軽快にノーズが動く

すでにここまでで、クーペとスパイダーの違いを感じている。断言できるのはステアリングの操舵感。ズシッと重い手応えだったクーペと違い、切り始めから滑らかに、より軽快にノーズが動くのだ。サスペンションの硬さによるクイックな動きがクーペなら、柔らかさによる路面への追従性が引き上げられ、そこに加えた舵角がより素直に滑らかに応答する動きがスパイダーである。硬さではなく、若干の甘さ感か。「クーペと同等の剛性がある」との主張だが、クーペとはキャラクターを変えてよりソフトなモデルにする意味もあり、サスペンション剛性を低めに設定したということだろう。それが乗り味にも貢献していて、実は好印象である。

試乗車はオプションのマグネティックライドを装備していた。スポーツスイッチを押すことで、コンフォートからスポーツへとモードが選択できる。硬さ、という意味ではこの中間に標準の固定サスペンションが位置する。この“マグネライド”は波状路を通過中に、ボディ/サスペンション/タイヤのすべての振動が負の方向で合致したのか、フロントスカットルを共振させることがあった。低速から高速で設定が変えられるメリットはあるものの、バネとダンパーのスムーズなストローク感という意味では、別の機会に試乗した標準サスペンションの方が遥かに自然に感じられた。

↑かなりの高速域以外、快適さはクーペ同様だ。

ロボタイズド6速ATは明らかに進化

Rトロニックの変速にもクーペとは違いがあった。変速時間と変速ショックがいずれも軽減されていたのだ。クラッチミートのスムーズさが洗練され、半クラッチのタイミングと維持する制御がより緻密になった。特に渋滞での半クラかミートかの判断が賢いと感じた。クワトロ社のR8担当氏によると、これが最新の制御だという。おそらく今では、最新のクーペに乗っても同じ印象を持つのかもしれないが…。

ワインディングでは、硬いサスと手応えの重さがより高速向きのクーペの感触を思い出しつつ、やはり違うモデルであることを再確認した。速度が低い状況ではメカニカルグリップが勝り、吸い付くようなコーナリングを見せる。と同時にステア操作に応じてわずかなロールを伴いながら滑らかに向きを変えるスパイダーの方こそ、日本向きかも知れないと感じた。

とはいえ、0〜100km/h加速が4.1秒。最高速度は313km/hに達するから、牙を剥いた瞬間の迫力はハンパじゃない。実はフランスでの試乗中、突然のスコールから完全ウエット路面のコーナー進入で、舵角は同じままでもノーズが微妙にインを向いた時があった。すかさず左手でパドルを引き(ダウンシフト)、同時に右足をぐっと踏み込むと、「フロント15~30:リヤ85~70」の駆動配分とリヤのデフロック効果により、アンダーでもオーバーでもないベストな姿勢で、驚くべき旋回性能を見せてくれた。思わず、ここで撮影のためとして数度往復する内に、進入速度は回転リミッターが当たるほど攻めていた記憶が蘇る。なにせ滑ったとしても、ESPという強い保険もかかっているのだから…。

高速域でも騒がしさ以外は欠点なし

速度制限が非常に厳しいフランスだが、それでもオートルートを疾走する輩はいるもので、一瞬その車群に加わってみた。200km/hの速度域などR8スパイダーにとればほんの序の口だが、ウインドディフレクターを装備していても頭上はかなり騒がしい。クローズドではクーペと変わらない静粛性だというから、高速走行では事前に閉めることをお勧めしておこう。ちなみにその時の直進安定性は、レールの上のごとく盤石である。

↑F235/35、R295/30の19インチが標準。ブレーキも盤石。

313km/hの最高速に対するブレーキはもちろん強力。ペダルの踏み始めからソフトな効き味で立ち上がり、強い踏力には瞬時に絞り上げるように減速するセラミックブレーキの威力も、こうして使ってこそ活きる。特に強弱の抜きのコントロールのしやすさは、スチールディスクのようなダイレクト感がある。頼もしいだけではなく、扱いやすい特性は誰もがそう感じられるだろう。

スパイダーであることのメリットは増えても、デメリットが見当たらないあたりは、さすがにアウディ。世界一速いスパイダーの座こそ同門のガヤルドに譲るかもしれないが、世界一快適で、かつ安定性と俊敏性を併せ持つオープンモデルという意味では、R8スパイダーを強く推したいと思う。

文: 桂 伸一

↑リアビューの美しさもスーパーカーなら必須のファクターだ。

OUTLINE of AUDI R8 Spyder

ル・マン優勝車と同じ車名を持つ理由

ファンなら先刻ご承知のことだが、アウディR8という車名は辞書ならふたつの項目が必要だ。ひとつはル・マン24時間レースで幾多の総合優勝を果たしたレーシングカーとして、もうひとつが今回試乗したスパイダーを含めた市販車の車名としてとなる。ただし、このダブルネームは偶然の一致ではないことも知られている。

市販車R8のカタログにはレーシングカーのR8の勇姿がこれでもかと登場している。その中にある「ル・マンの栄光の遺伝子を受け継ぎ、日常へと解き放つ。」というコピーが、このアウディR8というクルマの性格を雄弁に物語っている。とくに2001年の優勝マシンから採用されたFSI(高圧のガソリンをシリンダー内に直接噴射する)エンジンのテクノロジーは、まさに「サーキットからのフィードバック」として、その後のアウディの市販車にも続々と反映された典型的な例となっている。

↑前後の重量配分は44対56だ。

さて、市販車アウディR8の原型は2003年秋のフランクフルトショーに出展されたコンセプトカー「アウディ・ルマン・クワトロ」だ。ちなみに同年の東京モーターショーでも展示されたので、記憶されている方もいるだろう。ライトまわりの処理などにショーモデルらしいギミックが感じられるものの、全体としては市販車に近い完成度を誇っていたように思われる。そしていよいよ2006年、まずはドイツや欧州各国に向けて「アウディR8」がリリースされ、日本にも2007年7月から導入された。

まずは4.2LV8搭載のクーペとして登場

アウディ初のハイパフォーマンススポーツカー、俗に言うスーパーカーのR8は、もちろんミッドシップレイアウトを採用。エンジンは前述のように4.2LV型8気筒DOHCのFSI直噴ユニットを搭載。日本導入当時の最高出力は420ps(309kW)/7900rpm、最大トルクは430Nm(43.8kgm)/4500〜6000rpm。エンジン搭載位置を下げるために、オイル循環にはドライサンプ方式が採用されている。

トランスミッションには6速のRトロニックを採用。マニュアルミッションをベースに電動油圧クラッチを組み合わせたもので、ATモードとMTモードが選択できる。もちろんレースカー同様にシフトパドルによって、ステアリングから手を離さずに電光石火のごとく素早い変速操作も可能だ。

なお、6速のマニュアルトランスミッションも当初から欧州仕様には設定され、2009年2月以降は日本国内仕様でも選択可能になっている。

アルミで軽さとタフネスを両立はA8以来

ボディワークのキーワードはASF(アウディ・スペース・フレーム)だ。1994年に登場したプレミアムセダン、アウディA8から採用されたオールアルミニウムのボディで、骨格部分をアルミ押出材とアルミダイキャスト材で構成している。この骨格にアルミパネルを固定することで、最小の重量で最大のボディ剛性を得ることに成功。デビュー当時のボディシェルの重量はなんと210kgだという。

駆動方式は言うまでもなく4WD。市販車のR8ではフロントデファレンシャル手前に配置されたビスカスカップリングが、強大なトルクの大半を後輪に配分。路面状況に応じて10〜35%のトルクを前輪に振り分けることで、優れたコーナリング性能や直進性に貢献している。

サスペンション・レイアウトは4輪ともダブルウイッシュボーン。またショックアブソーバーにはオプションで、アウディ・マグネティックライドを選べる。これには磁性流体フルードといって、磁気に反応する微小粒子を含むオイルをダンパー内に封入している。このため、バルブの開閉で減衰力を変化させる従来のダンパーとは比較にならない反応速度を実現。1000分の1秒単位での制御も可能になった。

5.2Lを新たに搭載し、スパイダーも登場

2009年1月のデトロイトショーで発表されたのが、5.2LV型10気筒エンジンを搭載する「5.2FSIクワトロ」だ。レブリミットはレーシングエンジンと同等の8700rpm。最高出力386kW(525ps)/8700rpm、最大トルク530Nm / 6500rpmを発生。0〜100 km / h加速は3.9(4.2Lモデルは4.6)秒、最高速度は316(同じく301) km / hというパフォーマンスの持ち主である。同年4月から日本国内でも受注を開始した。実はこのエンジン、アウディ傘下にいるランボルギーニ・ガヤルドにも搭載されていることは周知の事実だ。

↑これが5.2LV型10気筒エンジン。

そして2010年10月、この5.2FSIクワトロをベースとしたオープンモデルの「アウディR8スパイダー 5.2FSIクワトロ」が日本国内にも導入され、およそ現在のラインアップが完成されたという次第だ。クーペのみが輸入されていた時は左ハンドル仕様のみだったが、スパイダーでは右ハンドルも選択可能となり、その直後にクーペモデルでも右ハンドルが選べるようになっている。

CFRPやLEDでも世界をリードする

5.2FSIクワトロの登場とともに進化したアイテムに、LEDのヘッドライトが挙げられる(4.2FSIクワトロはバイキセノンが標準。オプションでLEDも選択可能)。アウディは世界に先駆けて、LEDをヘッドライトの全機能に採用したことでも知られている。また、スパイダーには開閉できるソフトトップを備えているのは当然だが、そのカバー部分やリアセクションのサイドパネルに軽くて頑丈なCFRP(炭素繊維強化プラスチック)素材が使われているのは、スパイダーのみのアドバンテージだ。

スパイダーのソフトトップの開閉は、専用ボタンを一度押すだけ。走行中も6km/h〜50km/hまでなら、所要時間19秒で姿を変えてくれる。およそ800以上もの新しいパーツが、この美しいソフトトップの実現には必要だった。オープン時は当然のこと、トップをクローズした時にも美しく、かつ快適なことは、言うまでもなくR8スパイダーの美点になっている。

その血統ゆえに、R8は進化を止めない

先ほどラインアップが完成されたと言ったが、実は2011年に入ってもアウディR8 には新たなエポックが刻まれた。世界で333台の限定生産バージョン、アウディR8GTがリリースされたのだ。わずか5台の日本国内販売分については、発表前に完売したことも話題となった。

そのR8GTのボディワークには、近年のモータースポーツ活動や市販車でもR8スパイダーの一部で採用されたCFRP素材の多用によって、大幅な軽量化を実現。ベースとなった5.2FSIクワトロに比べて110kgのダイエットに成功している。さらに5.2LV型10気筒エンジンは最高出力を35ps上積みされ、最大トルクを10Nmも強化。0〜100 km / h加速は3.6秒、パワーウエイトレシオが2.72kg/psという驚異のパフォーマンスを現実のものとした。

ちなみに2011年の国内スーパー耐久シリーズには、FIAのGT3レギュレーションに準拠したレースマシンとして「アウディR8 LMS」が参戦中。開幕戦から断然の速さを見せて、連勝街道を走り続けているところだ。

アウディR8の歴史に今後なにが刻まれていくのだろうか…。 例えば仮説のひとつとして、R8GTにスパイダーというオプションはあり得ないのだろうか? まだこの先に、楽しみが残されているような気がしてならない。

文:編集部 石田 徹

アウディ ジャパン公式ウェブ

ページのトップに戻る