アストンマーティン ヴァンテージの7速MTでニュルを走る

「とっても希有なモデルがデビューしました。アストンマーチン ・ヴァンテージ のマニュアルモデルです。乗りに行きませんか?」
ある日のこと、突然のそんなメールに一瞬躊躇してしまった。アストンマーチンのニューモデルに触れる機会を逃すほど僕はマヌケではない。それでも渡独に二の足を踏んだのは、マシンの像がにわかに浮かんでこなかったからである。

木下隆之がニュル近郊のワインディングでアストンマーティン ヴァンテージのマニュアルをドライブ
木下隆之がニュル近郊のワインディングでアストンマーティン ヴァンテージのマニュアルをドライブ

ヴァンテージのマニュアルMT

「マニュアルモデル?」
「そう、3ペダルのマニュアルです」
思考が廻らなかった理由は、マニュアルの意味が理解できなかったことだ。
機構だけがマニュアルの2ペタルはすでに普及している。アストンマーチンにもすでに、2ペダルマニュアルを所有している。だというのに、いまさらなぜ3ペダルのマニュアルを投入する意味があるのだろうか。効率で言えば、2ペダルに軍配が上がる。そんな疑問を抱えながらの試乗になったわけだ。

ドイツ・ニュルブルクリンク近郊のアストンマーティンテストセンターでKeyを受け取る
ドイツ・ニュルブルクリンク近郊のアストンマーティンテストセンターでKeyを受け取る

ニュルブルクリンクに隣接するアストンマーチンテストセンターでキーを受け取り、ほぼ1日のドライブを始めるにあたって、まず驚かされたのは、理想的な重量配分を成立させるためのトランスアクスル方式に搭載されるマニュアルギアボックは、7速に分割されていたことだ。1速→3速→5速→7速の奇数ギアは手後列に並びに、前列のゲートはR→2速→4速→6速へと導かれる。

わずかなストロークで素早くシフトができ、次第にのめり込む
わずかなストロークで素早くシフトができ、次第にのめり込む

もっとも左手前の1速から、もっとも右の7速までも、手首を捻る程度のストロークでこと足りる。ということはつまり、それぞれのゲートが密接していることを意味する。
そのために、素早い変速が可能だ。
クラッチペダルを蹴るタイミングを急がねばならないほどクイックでかつ軽快なワインディングドライブになった。手首をコキコキしながらのドライブはやはり楽しいのである。
フットワークは軽い。
脳天を刺激するような粗い乗り味はではなく、しっとりと路面を舐めるようなフラットライドが特徴だ。手首を捻りながらのコーナー攻略は楽しい。

フランクフルトから2時間ほど西へ。アイフェル地方のワインディングを満喫する
フランクフルトから2時間ほど西へ。アイフェル地方のワインディングを満喫する

音が聞こえてきそうな迫力のリヤビュー。V8ツインターボを床まで踏みつける
音が聞こえてきそうな迫力のリヤビュー。V8ツインターボを床まで踏みつける

ただし、ゲートが密接しているために、たびたびシフトミスをおかしている。
1速で発進しようとしても、3速スタートに陥ることも一度や二度ではなかった。
4速を狙ったつもりが6速だったという場面も少なくない。
それでも、実にフレキシブルなエンジン特性に助けられている。

搭載されるエンジンは4.0L・V型8気筒ツインターボである。最高出力510ps、最大トルク63.7kg-mに達する。極低回転域からモリモリとトルクを引き出していながら、7000rpmオーバーの高回転域まで弾ける。全域パワーバンドなのだ。
たびたび3速発進しておきながら、そのままアクセルペダルを床まで踏みつづけていると、300km/hまで軽々と到達してしまった。アウトバーンのトラックさえいなかったら、カタログに記されている314km/hもクリアしていただろう。

満足だ。調教された猛獣を乗りこなし、心地よい満足感があった
満足だ。調教された猛獣を乗りこなし、心地よい満足感があった

美しい。走りの魅力とシンクロするアストンマーティンの魅力
美しい。走りの魅力とシンクロするアストンマーティンの魅力

そう、そこで改めに頭をもたげてきた疑問はこれだ。
アイドリング3速発進から314km/hまでこなす柔軟なエンジン特性でありながら、なぜ7速マニュアルギアが必要だったのか、である。
いや、不粋な詮索はやめることにする。
ヴァンテージMTは、かつての猛獣が吼えるような獰猛なそぶりはなく、丁寧に調教されている。そんなヴァンテージに鞭を打って、ワインディングを駆け回る時の快感がこのクルマの存在意義なのだ。
アウトバーンからワインディングを巡るドライブを終えると、背中がしっとりと、心地よい汗で湿っていた。久しぶりのことである。<文:木下隆之/Takayuki Kinoshita>

この曲面の美しさにも惹かれていく
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