【舘さんコラム】2020年への旅・第24回「次世代車をめぐる旅その3 ハンドル争奪戦争勃発」

Mercedes-Benz F 015 Luxury in Motion in Shanghai, Mai 2015 Mercedes-Benz F 015 Luxury in Motion at Shanghai, May 2015
メルセデス・ベンツF015。完全自動運転のこのクルマのことはコラム後半にて

今さらながら便利な自動車
自動車はいろいろな価値で測られてきた。あるいは、いろいろな役目を負わされてきたといってもいい。自動車を購入する理由はさまざまである。かくいう私はどんな理由で選んできたか。いい歳になったので正直にいえば、下記のような理由である。

第1位 見栄
第2位 自慢
第3位 カッコウ
第4位 値段

第4位の値段は私のような貧乏人には切実な理由で、いかに見栄が張れるからといっても、買えない自動車は買えない。しかし、こんな理由で自動車を選んでいては、自動車評論家としての資格というか、資質はゼロと思われても仕方ない。だが、自動車評論家諸氏の愛車を見ると、その選択理由は私とさして変わらないと思うのだが、どうだろうか。

言い訳ではあるが、実際、これ以上の選択肢など本当にあるのだろうか。それはともかく、現実世界の選択理由の第1位は、「便利だから」ではないだろうか。しかし、これは、もっともつまらない自動車選びの仕方だ。

便利だというのは、ドアー・ツー・ドアが可能だからということだろう。雨の日も、風の日も、寒い日も、暑い日も、家のドアをあければそこに自動車があり、目的地のドアの前まで運んでくれるのだ。こんな便利な道具は自動車以外にない。自動車の移動の道具=モビリティ・ツールとしての最大の価値だ。つまらない理由だが、もっともである。

自動車とは面倒な道具である
しかし、自動車の利便性の裏には、実にさまざまな不利便性が隠されている。たとえば、購入の際にはさまざまな書類を書かなければならない。ローンで買うとなると、さらに押印の数が増える。つぎに駐車場の確保。自宅が広ければ何の問題もないが、都市内、あるいは近郊であると、駐車場あるいは車庫を借りなければならない人も多い。地主さんというか、大家さんというか、それがいい人ならいいが、ゴウツクXXだと気が滅入る。これに各種の保険加入が重なる。

ようやく買ったからといって、面倒はなくなるかというと、実はそれからが面倒なのだ。定期点検に車検、税金、オイルに、オイルフィルターに、タイヤの交換。降雪地帯ではスタッドレスタイヤへの履き替え。ぶつけて凹めば板金修理。そして、車体にガタが出て、乗り心地が悪化し、エンジンのパワーが減って、まるで自分が歳を取るように自動車は弱っていく。ああ、また買い替えの季節だ…と。

ということで、じっと考えてみなくとも、自動車とはかくも面倒というか、不便なものなのである。では、それでも自動車を持つ理由は何か。たぶん、見栄に、自慢に、カッコウを除けば、何もないはずだ。

便利だという合理的な理由で自動車を所有してきた人は、自動車の不便性に気づく一方で、自動車よりも便利なモビリティを見つけると、その合理性に魅せられて、またたくまに自動車から離れていく。便利なだけの自動車を造って来た日本の多くのメーカーは、たちまち他の便利な移動の道具に市場を奪われ、国内の売上を下げることになった。

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F015の室内のアイディアスケッチ。ヘッドクリアランスが少ない。バスのように頭上の空間が広ければ、クルマ酔いしづらいと思う

自動車離れが生む無人タクシー
そうして自動車を所有しなくなると、目の前に自由な空間が広がっていることに気づく。解放感だ。前述の面倒から解放された喜びに満たされるのである。

しかし、まだ資本主義が元気で国内のGDPが増大していたころは違った。現在の中国の人たちのように、自動車を所有することは、何にも代えがたい喜びだった。人と自動車と社会と自動車産業の蜜月だった。なんという違いか。では、どうすれば自動車産業に活力は戻るのか。

そこで自動車メーカーが用意したのが、「1.より便利で安い自動車」と「2.面倒を代替してくれるシステム」のふたつだった。1のより便利で安い自動車はお分かりのとおりである。そして2はさらに「カーシェアリング」と「無人タクシー」に分けられる。<次ページへ>

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どうしても運転したかった私は、ハンドルと2つのペダルのある前席に座って、写真を撮った

もう10年以上も前に、スイスにエコドライブの調査に行ったことがある。スイスのエコドライブを案内してくれた人が用意した自動車が、カーシェアリングで借りたものであった。

カーシェアリングは初めての体験だったが、借りるのも、返すのも実に簡単で驚いた。聞くと、レンタカーよりもずっと簡単で安いということだった。2014年の秋にパリを訪れた時は、電気自動車のカーシェアリングを目の当たりにした。気をつけて街を見ると、道路のいたるところに専用の駐車スペースがあり、充電用コンセントが用意されていた。フランス語か英語が多少使えれば、旅人でもたちどころにカードが入手でき、借りられる。

自動車は使うが、所有はしない。そんな人が増えそうである。これは自動車の終焉を意味しているのだろうか。自動車(自家用車)は、所有して使うものだというなら、カーシェアリングは自動車を終わらせるだろう。

だが、自動車を終わらせるもっと強力な自動車モドキが出現しつつある。自動運転自動車だ。こいつは私の職業も奪おうとしている。自動運転自動車は、自動車評論家の仕事を奪うのではないだろうか。メルセデスF015はまさにその無人タクシーであった。

自動車もどきの自動車F015に乗る
F015には、2015年の春にサンフランシスコで試乗した。いや、乗った。春とはいってもまだ朝夕は肌寒かった3月23日。宿泊先のホテル・バイタルで待っていると、メルセデス500PHEVが迎えにやって来た。電気自動車状態のまま、30kmほど離れた会場まで連れて行かれた。帰りも電気自動車であった。会場で充電したのだ。私は、改めてPHEVの使い方を教えられたような気がした。

そういえば、三菱自動車の相川新社長は、社用車としてアウトランダーPHEVを使うのだが、1万kmほどの走行距離の内、6000kmほどを電気だけで走って、燃費が100km/Lだという。PHEVの凄さがここにもあった。

F015試し乗りの会場は、サンフランシスコ郊外の元海軍飛行場であった。広い滑走路にプレゼンテーション用の建物があった。その端に仮設のガレージがあり、そこに真っ白なF015が止まっていた。窓はない。いや、ある。あるのだが遮蔽されていて外から内部は全く覗けなかった。ボンネットも、トランクも、窓もないつぶれた饅頭のような形をした、のっぺらぼうの真っ白な物体が止まっていた。

滑走路には、一か所、立木やレンガの壁などが置いてあった。街並みの一部を模したものであった。どうやら、F015はそこを自動運転で走るということらしかった。

プレゼンテーションルームで待っていると、試し乗りを済ませたジャーナリストたちが、ポカンとした顔をして次から次に戻ってきた。自動運転自動車のF015の試し乗りがあまりにもの衝撃的な体験だったのか、それとも逆にあっけなかったのか。どちらかだろうと思った。さすがに不安になって待っていると、私の番になった。

外に出ると、「今、スマホでF015を呼び出すから…」とスタッフがいう。ガレージのF015に目をやると、スマホの合図で数度、ライトを点滅させると、するすると動き出した。ドライバーがいるかどうかは、外からは分らなかった。

ガレージを出たF015は、滑走路に向かって走り出した。音はない。電気自動車だ。遠くまで走って、ぐるっと滑走路を回り、こちらに向かってきた。私の目の前で止まると、ライトを点滅させ、するすると観音式のドアが開いた。

大きく開いたドアの奥を覗くと、4席のシートが向かい合っていた。本来、ドライバーと助手の乗るべきシートは後ろを向いており、ドライバーの姿はなかった。メルセデスの広報が言うとおり、無人で走って来たのだ。

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ダッシュボートといっても有名無実だが、そこにはちゃんとハンドルとアクセル、ブレーキの両ペダルがある。これを触ろうとしたらきつく叱られた

「乗れ」とスタッフが私を急かせた。私は抵抗した。運転席が後ろを向いていては、試乗ができない。「私は自動車評論家だ。運転させろ」と言った。しかし、私の日本語はまったく通じなかった。仕方なく後ろを向いた本来のドライバーズシートに座った。ふと振り返ると、つまり前方を見ると、足元にペダルが2つある。その上にはハンドルがあるではないか。

「なんだ。運転できるじゃないか。それなら…」と言う前に、「このペダルとハンドルには触らないように…」とスタッフに言われてしまった。言われるままに、ドライバーズシートに後ろ向きに座った。ドアが自動で閉まると、するするとF015は走り出した。トランクでもあって、そこにドライバーが隠れていたりして運転していない限り、無人運転である。「ああ、私の職業も終わりだ…」と思うまもなく、私はゲロを吐きそうになった。その顛末は次回に。

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F015は、外からは銀色一色で窓の中は見えないが、車内から外を見ると、こんなふうに見える。ただ、屋根が低く、圧迫感が強く、あまり快適ではない

舘内端2020年への旅アーカイブ

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